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12-殿内 ページ50

 そうして、Aの部屋を出る頃には日がどっぷりと暮れていた。夕食を告げる声が廊下から響いてきて、「そろそろ」と殿内が立ちあがると、Aも同じように立ちあがった。刷り込みのされた雛のように後をついてくる。できるならAを連れて帰り、目一杯甘やかしてやりたいが、自室療養中のAを勝手に連れ帰ったとなれば、特力の人間から文句を言われるどころの話ではないだろう。

「……あしたも、きてくれる?」

 扉を背にAと向き合う。呂律の回りきらない声で、不安そうに目を揺らすAに、当然だと頷く。今日、殿内はAの記憶を揺さぶってしまった。明日もこの場所にきて、Aが自分の知るAのままだとたしかめなければならない。殿内の来訪に破顔するAを見なければ安心できない。

「……そうだ、なにか欲しいもんあるか? 買ってきてやるよ」

 気力を削ぎ落としてしまったAの慰めになるなら、なんでも与えてやりたかった。お菓子でも、漫画でも、ぬいぐるみでも。冬季休暇中のせいで学園中の生徒が殺到し、店の前に常に行列ができているホワロンでも。
 しかし、Aは困ったように目を瞬かせて、なにも思い当たらなかったのか首を振る。

「ないのか? なんでもわがまま言っていいんだぞ」
「……じゃあ、ね……もういっかい、ぎゅうってして」

 わずかな逡巡のあと、ぐっと爪先待ちをして、腕を伸ばしてくる。Aが望むままに抱きしめると、深く馴染んだぬくもりが腕に戻ってきた。自分の半分もない体重を抱きかかえる。
 腫れぼったくなった目元をそっとなぞると、名残を惜しむように手のひらに頬をすり寄せてきた。伏せられた目がまた潤みそうに見えて、殿内の服を掴む手がかすかに震えているのが見えて、なんの気なしに、さんざん涙が流れた頬に自分の唇を押し当てた。
 柔らかい感触とともに、息の抜けた声が聞こえる。赤みを帯びた目が丸くなり、たわんで、弓形を描く。嗚咽と謝罪ばかりを繰り返した口が緩んでいる。Aは今しがた殿内が唇を落とした頬に手を当てて、ようやく嬉しそうに笑った。
 Aは殿内の言葉一つ、行動一つで笑い、喜ぶ。とても嬉しそうに、幸せそうにするものだから、時折、自分のためだけに存在しているのでは、と思い込みそうになる。小さな身体の、頭のてっぺんから爪先まで、すべてが自分のものなのではないか。そして、その自惚れをもAは肯定するのではないか、と。

「……また明日、な」
「うん。まってる、ずっと」

 幼い顔をふにゃふにゃに緩ませ、いかにも上機嫌そうに笑う。殿内の自惚れをより深める笑みだった。

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きざし(プロフ) - ユイさん» 温かいお言葉ありがとうございます!再熱していただき嬉しい限りです…!これからもゆったりと更新をしていきますので、どうぞのんびりお付き合いいただければと思います。改めてコメントありがとうございました! (2020年6月29日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイ(プロフ) - いつも更新お疲れ様です。この作品を読んで学アリ熱が再熱するくらいに楽しんで読ませてもらっています… 夢主ちゃんの存在、先生たちの関係が気になって気になって仕方ありません!大変だとは思いますが更新楽しみにしております。長文失礼しました。 (2020年6月29日 3時) (レス) id: f59a3694e1 (このIDを非表示/違反報告)
きざし(プロフ) - ユイカさん» コメントありがとうございます!これからもどんどん更新頑張りますので、どうぞゆるりとお待ちくださいませ〜! (2020年6月15日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイカ(プロフ) - 初めて読んでみたんですけどとても面白くて気に入りました!更新楽しみにしてるので頑張ってください! (2020年6月14日 20時) (レス) id: b470749ec2 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きざし | 作成日時:2020年5月27日 22時

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