開演ブザーは永遠に（７）

10-殿内 ページ48

 年末、特力の大掃除で発掘されたアルバム中に紛れていた、なにやら曰くのつきそうな写真。髪の長い女子生徒と、背の高い男。どの写真でも彼らの顔はそろって黒いシミのようなもので隠されて素顔が見えない。野田が彼らと肩を並べて写真に収まっているものが見つかってからは、二人の関係性やら、どうして顔が隠れているのやら、質問責めが始まった。もとより口数が多いとは言えない野田は、たじろぎながらも男の正体だけを語った。昔、特力の担当教師だった人だと。
　その教師についての話は、数えるほどではあるが、殿内も耳にしていた。先輩が言ってたんだけど、友達から聞いたんだけど、と、どれもこれも伝聞という形で。話の真偽を二の次にした、好奇心を満たすための噂話。
　十数年前に学園からいなくなったと前置きをして、噂は語られる。学園から追放された。教員免許を剥奪された。生徒に手を出した。反アリス学園組織に寝返った。ろくに根拠もなさそうな噂の中、平穏な退職でなかったことは想像がついたが、過去の話なのだからとたいして気に留めていなかった。
　あの噂をもっと気にして、探りを入れておけば。そんなことを考えながら、特力のアルバムから彼ら二人だけが写った写真を一枚引き抜き、Aの顔が一緒に浮かんだ。顔を隠す黒いシミ。あいつなら、写真を元に戻せるかもしれない。
　殿内はすでに彼らの正体を――佐倉蜜柑との繋がりを勘づいている。その上で、あと一手、自らの想像を裏づけるたしかな証拠がほしかった。予想が正しいのか、間違っているのか、正否もわからないまま突っ走るのは迷いが生じるものだ。二人の顔に蜜柑の面影があれば、十分に覚悟を決められる。
　写真の修復をAに頼むことに、大きなためらいはなかった。強いて言えば、顔を隠すシミがアリスによるものであれば、Aには荷が勝つかもしれない。それくらいだった。時間を戻すのが難しいようなら、増幅の力も使えばいい。
　シミが消えて、露わになった顔に蜜柑の面影があっても、それをAが見いだしても、いくらでもごまかせると思っていた。気にするなと、殿内の言葉一つだけでAは納得する。わかったと頷いて、終わらせる。そう信じて疑わなかった。

　殿内が己の間違いに気づいたのは、写真を見せた直後だった。
　手のひらを返し、写真の表面をAに見せた瞬間、彼女の顔から色が失われた。「やだ」と、殿内の願いを突っぱねる。ひときわ大きく見開かれた目が、みるみる涙を溜めていく。

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