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 くるりと手のひらを返して、殿先輩は私にその写真を見せる。
 男の人と女の人が並んで立っている写真だった。なんの変哲もない写真、ではない。二人とも、顔だけが真っ黒な靄に覆われていて――

「やだ」

 強張った声が口から勝手に飛び出した。
 殿先輩がすっと小さく息を呑む。

 でも、それは。それだけは。

「……やりたく、ない」

 先輩の頼みごとなのに、先輩の言葉なのに、どうしても嫌だった。わかったって言って、ちゃんとアリスを使って、先輩の望むようにしなければいけないのに。
 差し出された写真がとても恐ろしいものに見えた。写真の時間を戻して、二人の顔が露わになることが怖かった。――頭のどこかで、強烈な既視感を覚える。私はこれを知っている。黒い靄の下になにが見えるのか知っていた。だからこそ、たまらなく怖い。

「ごめ、なさ……ごめ……」

 わけのわからない恐怖に頭の中がかき乱される。混乱がそのまま涙となって流れ落ちた。握りしめたスカートに涙が落ちて、染み込む。

「……いや、俺こそ変なこと頼んで悪かった」

 向けられた写真はあっという間にコートに隠されて、先輩が頬の涙を拭う。手つきも、声も、とても優しいものだったけど、少しでも失望や落胆が目に浮かんでいたらと思うと、先輩の顔を見れなかった。
 うつむいたまま、震える声でおそるおそる尋ねる。

「……おこってる?」
「怒ってねえよ」

 伸びた手が背中に回る。そっと引き寄せられて、胸に顔を埋めて願う。

「きらいに、なんないで……」
「――なるわけないだろ」

 抱きしめる腕に力がこもる。強い口調で言われて、また涙があふれた。今度は安堵からくるものだった。とても小さな子供のようにしゃくりあげながら先輩に縋りつく。
 嫌いにならないでほしい。見捨てないでほしい。見放さないでほしい。先輩がいなきゃ、先輩がいてくれなきゃ、私は、私には、もう――

10-殿内→←8



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きざし(プロフ) - ユイさん» 温かいお言葉ありがとうございます!再熱していただき嬉しい限りです…!これからもゆったりと更新をしていきますので、どうぞのんびりお付き合いいただければと思います。改めてコメントありがとうございました! (2020年6月29日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイ(プロフ) - いつも更新お疲れ様です。この作品を読んで学アリ熱が再熱するくらいに楽しんで読ませてもらっています… 夢主ちゃんの存在、先生たちの関係が気になって気になって仕方ありません!大変だとは思いますが更新楽しみにしております。長文失礼しました。 (2020年6月29日 3時) (レス) id: f59a3694e1 (このIDを非表示/違反報告)
きざし(プロフ) - ユイカさん» コメントありがとうございます!これからもどんどん更新頑張りますので、どうぞゆるりとお待ちくださいませ〜! (2020年6月15日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイカ(プロフ) - 初めて読んでみたんですけどとても面白くて気に入りました!更新楽しみにしてるので頑張ってください! (2020年6月14日 20時) (レス) id: b470749ec2 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きざし | 作成日時:2020年5月27日 22時

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