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4-蛍 ページ42

 廊下を進み、一つの部屋の前で足を止める。星が二つ刻まれたルームプレート。扉をノックすると、Aが顔を覗かせた。先日よりもずっと顔色がいい。予想とは裏腹に、嬉しそうに蛍を迎え入れる。その時点で、違和感を覚えていた。
 己の部屋より一回り以上小さな部屋に入り、すすめられるままに毛の長いカーペットの上に座る。
 なにか飲む? お菓子もあるよ。見舞いの品らしき、焼き菓子の詰まった缶をAが出してくる。お腹空いてないから、と首を振ると、Aは不思議そうに目を瞬かせた。平生であれば遠慮なく手を伸ばし、缶を空にするところだが、これからの話を思えばなにかを食べる気にはなれなかった。
 体調はどうかと社交辞令のように尋ね、本題に入る。

「Aさん。先日のことだけど」
「先日?」
「おとといの……貴方が蜜柑のお見舞いにきた時の」

 言いながら、蛍の顔が緊張によって強張る。それを裏切るように、Aが言った。

「あ……ああ、えっと、ごめんね、急に倒れちゃって……。蛍ちゃんと流架君が運んでくれたんだよね? ご、ご迷惑おかけしました……」

 頭だけを小さくさげて、「重たくなかったかな」と、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに呟く。そこにはあの日のような怯えは一片たりとも見受けられない。

 ――覚えていない。

 あんなに取り乱して、顔を青ざめさせていたのに。なに一つとして覚えていない。
 シラを切っている様子も、ごまかしている様子もなかった。嘘が下手なAがここまで完璧に取り繕えるわけがない。本当に、すべてを綺麗に忘れ去っている。
 穴の空いた風船のように、身体にこもった力がするすると抜けていく。同じ話をしても、同じ結果を生むだけだ。再び彼女に死人のような顔をさせる。気絶させて、記憶を捨てるまでに追い込む。自分にその権利があるとは思えなかった。
 結局、蛍はあたりさわりのない話をしてAの部屋から出るしかなかった。蛍自身の動揺や、困惑を感じ取ったのか、Aは落ちつかない顔をしていたが、「なんでもない」と言えば、問い詰めてはこなかった。

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きざし(プロフ) - ユイさん» 温かいお言葉ありがとうございます!再熱していただき嬉しい限りです…!これからもゆったりと更新をしていきますので、どうぞのんびりお付き合いいただければと思います。改めてコメントありがとうございました! (2020年6月29日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイ(プロフ) - いつも更新お疲れ様です。この作品を読んで学アリ熱が再熱するくらいに楽しんで読ませてもらっています… 夢主ちゃんの存在、先生たちの関係が気になって気になって仕方ありません!大変だとは思いますが更新楽しみにしております。長文失礼しました。 (2020年6月29日 3時) (レス) id: f59a3694e1 (このIDを非表示/違反報告)
きざし(プロフ) - ユイカさん» コメントありがとうございます!これからもどんどん更新頑張りますので、どうぞゆるりとお待ちくださいませ〜! (2020年6月15日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイカ(プロフ) - 初めて読んでみたんですけどとても面白くて気に入りました!更新楽しみにしてるので頑張ってください! (2020年6月14日 20時) (レス) id: b470749ec2 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きざし | 作成日時:2020年5月27日 22時

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