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私を安心させるためか、先輩は軽やかに笑う。
記憶をなくしていた間のことは、なにも覚えてない。なにを喋り、どう振る舞ったのかも知らない。けれど、よく知った人から他人として扱われ、初めまして、なんて言われるのは、とてもかなしくてさみしい。自分が先輩にそう言われたらと想像するだけで、胸がきゅっと痛くなった。
もし、この痛みを先輩も感じていたら。それを考えると、さっきよりもずっと胸が苦しくなる。目の奥が熱くなり、熱はそのまま頬へと滑って、冷える。
先輩を知らない自分になってしまうのが怖い。きっと、そうなったら先輩は、私のことなんて――
「泣くな泣くな、大丈夫だから」
笑って、先輩が背中をさする。このぬくもりも、優しさも、“私”は忘れてしまっていた。一緒にいると無条件に嬉しくなる気持ちも、抱きかかえられた時の安堵すらも。先輩がくれたものをすべて忘れてしまっていた。大好きな先輩を、“私”は大好きじゃなかったかもしれない。
先輩を悲しませてしまったことが、悲しい。ずっとずっと、殿先輩を大好きでいようって決めていたのに。私は私以外のほかになんにも持ってない。私以外に渡せるものなんてない。大好きって言うしかできない。
それでも、大好きでいれば、殿先輩は側にいてくれると思ったから。先輩を好きじゃない私なんて、先輩はきっといらないから。
長い袖に隠れきった手を伸ばし、先輩の首に巻きつける。ぎゅうっと抱きついて、頭を押しつける。やっぱり、いつもより煙草の匂いが強い。香水の匂いはいっさいしない。流れた涙で先輩の服を濡らしてしまっても、離れたくなかった。
「私ね、殿先輩のこと大好きだよ」
「……知ってる」
知られていた。当然だ。私は示し続けていたのだから。
「…………先輩だけは、忘れたくない」
大好きで、大切で、特別。近くにいてほしい。なにを忘れてしまっても、先輩だけは覚えていたい。今の私にとって一番大切なものだから。
抱きついた身体の熱を感じながらそっと目を伏せたら先輩の手が頭に乗った。髪だけをさらりと撫でる手つきはあまりにも優しくて、まるで壊れものにでも触れるようだった。自分から手のひらに頭をすり寄せると、いつものように撫でてくれる。
私の大好きな、大きな手だった。
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きざし(プロフ) - ユイさん» 温かいお言葉ありがとうございます！再熱していただき嬉しい限りです…！これからもゆったりと更新をしていきますので、どうぞのんびりお付き合いいただければと思います。改めてコメントありがとうございました！ (2020年6月29日 19時) (
レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイ(プロフ) - いつも更新お疲れ様です。この作品を読んで学アリ熱が再熱するくらいに楽しんで読ませてもらっています… 夢主ちゃんの存在、先生たちの関係が気になって気になって仕方ありません！大変だとは思いますが更新楽しみにしております。長文失礼しました。 (2020年6月29日 3時) (レス) id: f59a3694e1 (このIDを非表示/違反報告)
きざし(プロフ) - ユイカさん» コメントありがとうございます！これからもどんどん更新頑張りますので、どうぞゆるりとお待ちくださいませ〜！ (2020年6月15日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイカ(プロフ) - 初めて読んでみたんですけどとても面白くて気に入りました！更新楽しみにしてるので頑張ってください！ (2020年6月14日 20時) (レス) id: b470749ec2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：きざし | 作成日時：2020年5月27日 22時
