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「っ……!」

 体勢を崩しかけた身体を櫻野先輩に支えられる。その顔は、どこか険しい。大丈夫? と口先だけで唱えながら、ヘッドボードに枕を置き、それを背もたれにして私を座らせる。
 今井先輩が、一瞬だけ口ごもってから答えた。

「……落ちつけ。佐倉蜜柑ならば無事だ。そして、君も。ペルソナのアリスは体外に排出された」
「え……?」

 ばっと手元を見れば、そこにはシミもなにもない、いつもどおりの自分の肌があるだけだった。あんなに苦労して着替えさせてもらった振袖は着ておらず、大人の、男物のパジャマを着ている。何度も折り返された袖をさらにめくりあげ、腕を見ても、あざはどこにもない。

「……A。花姫殿を抜け出してから、どこまで覚えている?」
「どこまで、って……私、ペルソナのアリスを喰らって、ずっと気絶してたんじゃ……」

 最後に見たのはペルソナの手だった。伸ばされた手は網膜に焼きつき、黒く長い爪の形すらもまざまざと浮かぶ。額に触れたそれを弾くこともできず、身体全体がじくじくとした痛みに包まれたのを覚えている。
 これが私の記憶の最後で、それ以外にはなにもないのに、二人は目線だけで――もしかしたら、櫻野先輩のアリスも使い、無言でやり取りをする。

「……ね、ねえ、ほかのみんなは、どこ……? なんで私、ここにいるの? みんな大丈夫なの……?」
「…………ここは僕の部屋で……殿内が連れてきたんだ。佐倉さんたちもここで療養していたけど、先ほど自分の寮に戻ったよ。君は……少し、記憶が混乱していたようで、そのまま様子を見ることにしたんだ」
「混乱……?」
「……一時的に、記憶喪失のような状態になっていたんだ。その間のことは覚えている?」
「お、覚えてない」

 記憶喪失って、葵ちゃんみたいに? 葵ちゃんは学園にくるまでの記憶を失っていた。似たことが自分の身に起こったなんて、にわかには信じがたい。

「……本当に、なにも覚えてない?」
「え……う、ん……」

 櫻野先輩が探る目で私を見る。覚えていないことが悪いとでも言わんばかりの問いかけに、緊張が高まる。じわりと冷たい汗が浮かびかけた時、今井先輩が「殿内を呼んでくる」と、部屋から去った。
 殿先輩、と小さく呟く。知らない部屋にいて、親しいとは言いがたい人が、私を訝しがる目で見る。あまりにも落ちつかない状況だ。早く殿先輩に会いたい。いつもみたいに頭を撫でてほしい。抱きしめて、もう大丈夫だって安心させてほしい。

「……Aちゃん」

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きざし(プロフ) - ユイさん» 温かいお言葉ありがとうございます!再熱していただき嬉しい限りです…!これからもゆったりと更新をしていきますので、どうぞのんびりお付き合いいただければと思います。改めてコメントありがとうございました! (2020年6月29日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイ(プロフ) - いつも更新お疲れ様です。この作品を読んで学アリ熱が再熱するくらいに楽しんで読ませてもらっています… 夢主ちゃんの存在、先生たちの関係が気になって気になって仕方ありません!大変だとは思いますが更新楽しみにしております。長文失礼しました。 (2020年6月29日 3時) (レス) id: f59a3694e1 (このIDを非表示/違反報告)
きざし(プロフ) - ユイカさん» コメントありがとうございます!これからもどんどん更新頑張りますので、どうぞゆるりとお待ちくださいませ〜! (2020年6月15日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイカ(プロフ) - 初めて読んでみたんですけどとても面白くて気に入りました!更新楽しみにしてるので頑張ってください! (2020年6月14日 20時) (レス) id: b470749ec2 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きざし | 作成日時:2020年5月27日 22時

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