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 私のことなどお構いなしに状況は変わる。誰かが、とても怒った声を出す。視界の端で赤く揺れるものがいっそう大きくなり、すぐに勢いが衰える。
 頭上で交わされる会話がろくに頭に入らない。音だけが素通りして意味を掴めない。上下の感覚も曖昧で、全身が揺さぶられているみたいだった。
 痛みだけは決して鈍ることなく、鮮明な苦痛をもたらす。身体が先に音をあげて、現実から逃げ出すために意識を飛ばそうとする。

「ぐ、ぅ……!」

 右手で左腕を強く掴む。着物の上から裂傷に指を食い込ませ、溶けてしまいそうな意識を無理やりかき集める。
 重たい目蓋を必死にこじ開けた。

「――ウチは、ウチはあんたを許さへん。これ以上、あんたの思い通りにはさせへん……!」

 床に膝をついたまま蜜柑ちゃんはペルソナと睨み合う。顔が、さっきよりも一際黒い。

「……まだやられたりないのか。次は死ぬぞ」

 逃げてと、私たちに向かって蜜柑ちゃんが言う。力強い声が、私の頭をギリギリと締めつける。目の前が白くなったり、暗くなったり、明暗を定めず点滅する。
 朧げな視界の中で、棗君の背に庇われていた葵ちゃんが、ふらふらとペルソナの前へ進むのが見えた。

「か、仮面の君……お願いです、もうこれ以上蜜柑ちゃんを……みんなを傷つけないで……仮面の君は、こんな……!」
「……のけ」
「仮面の君……」
「私を裏切るつもりか、雪葵。そっちへ行くつもりならお前でも容赦しない。のけ」

 ひときわ固くて低い、感情を押し殺した声だった。それが、次の瞬間に緩む。

「……なんだ、その目は。お前までその目で……そんな目を私に向けるな……!」

 仮面に隠され続けた顔が歪む。大切な人から手を振り払われた、傷ついた顔。そのかなしさを、そのさみしさを私は知っている。
 一瞬だけ現れた悲痛は、すぐに怒りで塗り潰された。

「…………もういい。お前なんかいらない。お前など、所詮その程度の存在。その死に損ないを庇って、とっとと私の前から消えてしまえ……!」

 ――静かな声の底にわめく響きで気づいた。この人は、子供だ。
 本当に欲しいものを欲しいと言えない。求めていたものに見放されることが恐ろしい。だからこそ自分から手放して、あんなものは欲しくなかったと言い聞かせる。ほんのささやかな拒絶すらも耐えられず、傷つけられる前に、自分から傷つけて遠ざける。

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きざし(プロフ) - ユイさん» 温かいお言葉ありがとうございます!再熱していただき嬉しい限りです…!これからもゆったりと更新をしていきますので、どうぞのんびりお付き合いいただければと思います。改めてコメントありがとうございました! (2020年6月29日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイ(プロフ) - いつも更新お疲れ様です。この作品を読んで学アリ熱が再熱するくらいに楽しんで読ませてもらっています… 夢主ちゃんの存在、先生たちの関係が気になって気になって仕方ありません!大変だとは思いますが更新楽しみにしております。長文失礼しました。 (2020年6月29日 3時) (レス) id: f59a3694e1 (このIDを非表示/違反報告)
きざし(プロフ) - ユイカさん» コメントありがとうございます!これからもどんどん更新頑張りますので、どうぞゆるりとお待ちくださいませ〜! (2020年6月15日 19時) (レス) id: d2df0bfcc2 (このIDを非表示/違反報告)
ユイカ(プロフ) - 初めて読んでみたんですけどとても面白くて気に入りました!更新楽しみにしてるので頑張ってください! (2020年6月14日 20時) (レス) id: b470749ec2 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きざし | 作成日時:2020年5月27日 22時

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