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――それなのに
「……いや。絶対いや。ウチはアリスや」
うなだれた身体からは想像できない力強い声で、蜜柑ちゃんはまくし立てる。ちゃんと鳴海先生にそう言われた、うちは先生を信用してるもん、きっと間違いないもん、でも、アリスがそうでない人より上やなんてウチは思わへん。
「――あんたらが人より上なモンがあるとしたらなあ、その腐った根性じゃ、ボケッ!」
乱暴な言葉遣いに強い眼差し。向こう見ずな、いっそ無鉄砲な性格に、少なくはない既視感を覚えた。胸の裡をたしかな懐かしさが撫でる。
私は、蜜柑ちゃんを知っている?
どことなく、初めて会った気がしなかった。私は蜜柑ちゃんを――蜜柑ちゃんみたいな人を知っている気がした。それが誰なのか、どこで会ったのか思い出そうとしてもうまくいかない。キィンと、高い耳鳴りがする。周りの音を遮ってしまう。吐く息は重たく、心臓が震える。呼吸すらも苦しくなって、空いている席へ半ば倒れ込むようにして座ると、野乃子ちゃんとアンナちゃんに心配された。
ちょっと目眩がしただけだから大丈夫。そう笑ったら嘘から出たというのか、言葉に引っ張られたのか、目に映るものまでくらりと歪んできて、慌てて目を閉じる。人のざわめきを背に感じながら、一人ぽつんと取り残される不思議な感覚。
いつまでそうしていたのか、揺れていた世界が正常になった気配がして目を開く。目眩はせず、耳鳴りもしない。ただ、蜜柑ちゃんがどうなったのか聞き逃してしまった。教室を見ても蜜柑ちゃんがいない。委員長も、蛍ちゃんもいない。
「北の森って……大丈夫かな」
野乃子ちゃんとアンナちゃんの話を盗み聞きする。棗君からの入学試験として、蜜柑ちゃんは北の森を通り、高等部校舎まで行くことになったらしい。
「え、北の森に行くの……!?」
北の森って、アリスが染みついた植物やらなんやらがいて、さらには危険なクマのぬいぐるみが住んでいるだとかで、肝試しに行った子が返り討ちにされてたりするのに。
「あ、Aちゃん。具合は……」
「もう大丈夫!」
椅子から立ちあがる。北の森には蜜柑ちゃん一人でなく、委員長と蛍ちゃんも同行するらしい。でも、それにしたって心配だ。なんの役にも立たなくても、教室に残って一人でもやもやしていたくない。副担先生がダウンした以上、一限の家庭科の授業は自習とかになりそうだし。
私もついていこうと、半端に開いたままの扉に向かう。廊下に出る前に床に落ちたままの空き缶が目に入ってゴミ箱に入れる。有言実行だ。きんのジョウロ貰えるかな。
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作者名:きざし | 作成日時:2020年4月6日 21時