開演ブザーは永遠に（１） (ページ42)

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4-棗ページ42

――毛利レオ。

　名前だけは知っている男だった。見舞いにきたルカ曰く、ハリウッドスター。学園祭に出るだとか、今日は下見にきているだとか、イケメンだけどあたしは棗君とルカ君一筋だから――などと、正田スミレが詳しく語っていたのを話半分に聞き流していた。
　その男がなぜここに。

「……悪いね、オトモダチがお見舞いにきてるってのに」

　猫の仔のように襟首を掴まれているにもかかわらず、彼女はぴくりとも動かない。足が完全に床から離れている。力なく垂れた手から腕時計らしきものが落ちて、レオは足先でそれを転がす。
　レオは棗が今まで“粛清”してきた人間と同じ匂いを漂わせて笑う。

「おい、こいつ持っとけ」
「あー、そんな持ち方したら首絞まりますよ。レオ様子供の扱い荒いんだから」
「うっせえよ」

　いまだ制服の襟首を掴んだまま、ものでも渡す乱雑さで黒服の男に彼女を引き渡す。あくまでもゆったりとした動作で靴底が床を叩き、レオは棗のいるベッドにまで近づく。
　反射的にサイドテーブルに置かれた空の花瓶を投げつけて、あえなく受け止められる。元の不調に加え、レオが彼女に向けたアリスの余波をまだ引きずっているのか、身体が重たかった。

「暴れんなよ。そこのガキがどうなってもいいのか？」

　含み笑いをしながらレオは花瓶をテーブルに置きなおす。レオの視線を受けて心得たといったように黒服は頷き、片腕で抱え込んだ彼女の首へと手を伸ばした。力の抜けた頭を支える、頼りない首に男の指が絡みつく。
　本気で力を入れている様子はなかった。単なる脅しだ。間に受けておとなしくすれば状況はもっと悪いものになる。
　幸いにも、とは言いたくないものの、ここは学園の中だ。どこかしらに火をつければ病院側が気づく。棗はただ騒ぎを起こせばいい。
　目をつけたのは、壁に取りつけられた火災報知器。その下には木製の棚が置かれている。ろくに物も入っていないそれに火をつけようとした瞬間、胸が焼かれる痛みを覚えて激しく咳き込む。

　――こんな時に。

　伸ばされるレオの手を振り払えども、反対に掴まれる。ベッドに身体を押しつけられ、口元を布で覆われて棗の意識は途切れた。