開演ブザーは永遠に（１） (ページ41)

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3-棗ページ41

あたたかな手が棗に触れる。髪を梳いて頬を撫でる。慈しむような手を引けば、いっそう柔らかな声で棗の名を呼び、また頭を撫でた。
　まったくの子供扱いだが、この人物にそうされることは不思議と嫌ではなく、棗にとって好ましくすらあった。どんな表情で自分に触れているのかと、粗方想像はつきながら、それでもその顔が見たくて、棗は心地よい微睡みに抗い目を開く。そうして見あげた瞬間、どこか遠く離れた場所で音が鳴った。

　――突然立てられた物音に、棗は浅い眠りを打ち破られる。
　検査だか回診だかはすでに終わったはずだった。ルカか、あのよくつきまとってくるうるさい女でも戻ってきたのかと思えば、息を切らしたまま座り込んでいるのはそのどちらでもなかった。

「……なんだてめえ」

　ようやく寝ついたところであったのに、それを邪魔されていかにも不機嫌な声が洩れる。
　肩で息をする彼女はことさら大きく身体を揺らし、こわごわと顔を上げる。黒い目が棗とかち合い、見開かれ、頬が引きつった。
　びくびくとした態度はあいかわらずだ。彼女は棗を恐れている。それは棗自身の振る舞いが原因であると気づきながら、態度を軟化させてやるつもりは塵ほどもなかった。座り込んだまま棗を見あげる顔は、情けないほどに眉を垂らしている。右へ、左へと、逃げるように視線を揺らした。いかにも小心者といった姿。
　彼女がこうして怯えを滲ませるのは、棗に対してだけだ。ルカには、どことなく遠慮がちではあるものの、あの新入生が入ってからは、何度か言葉を交わす姿を目にしていた。棗にとって唯一といえる後輩――陽一のことは、彼が入学した当時からよく面倒を見ているらしく、それもまたなにかの真似事に見えて気に食わなかった。
　毒にも薬にもなりようがない、弱い存在。見ているとかすかに苛つく。

　妙なことを言う彼女を睨めばすぐさま立ちあがり、部屋から去ろうとした。
　わずかに起こした身をベッドに伏せて目を閉じる。数秒もしないうちに、部屋には静寂が満ちるだろう。その想像とは裏腹に、室内は静まるどころかさらに人の気配を増やした。

「“眠れ”」

　甘ったるい、吐き気のする声。頭が揺れる感覚を覚えながらも扉を見遣り、そこに立つ男の姿に目を見開く。