開演ブザーは永遠に（１） (ページ13)

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「…………」

　ヒヨコの姿は遠い空。別れの時こそ追い縋っていた流架君は、今や青い顔をしている。人目も憚らず、三つの小文字で作られる有名なアスキーアートの如く打ちひしがれている。正直なところ、猫の画集だったり、カレンダーだったり、仔猫が戯れる動画なんかを見た時みたいに――あるいは、それ以上に癒された。蛍ちゃんが動物相手に売り捌いてる流架君の写真がちょっぴり欲しくなる。本人がすぐそこにいる前では難しそう。うーん、残念。

　その後、蛍ちゃんの手腕、もとい脅しによって、流架君が正式に北の森攻略し隊に加入した。あいかわらずフラグはなにも立ててないし、裏技どころかバグじゃねーかって突っ込まれかねない手段だったから、流架君の機嫌は最悪だ。さらに蜜柑ちゃんが棗君を悪く言ってしまい、地雷を踏み抜かれた流架君が剣呑な空気を漂わせて睨む。

「――なにも知らないくせして勝手なこと言うな！」

　ひゃ、と、肩が揺れる。普段もの静かな流架君の怒鳴り声は、声量関係なく迫力があるものだった。

「……お前らなんかに欲しくもない力を持ってしまった棗の……棗の気持ちがわかってたまるもんか……」

　“欲しくもない力”

　パチン、となにかが切り替わる音がした。視界の端に、淡い色をしたなにかがよぎる。

　――こんな力、欲しくなかった。

「あ、れ……」

　もう一度瞬きすると、その景色は消えて、眼前にはさっきと変わらぬ北の森が広がっている。緑一面、目に優しい。さっきのは、なにかフラッシュバックの類いだろうか。それにしてはデジャヴだの既視感だの、そういったものを抱かなかった。あんな出来事は経験したことがない。知らない記憶ですね。昔観た映画だの、ドラマだのの、今の私は綺麗さっぱり忘れたワンシーンを勝手再生したのかな。それはそれで誤作動がすぎて自分の頭が心配になってしまう。
　頭を軽く振って現実に焦点を当てる。蜜柑ちゃんが流架君に謝り倒しているのが見えた。ちゃんと謝れるのはいいことだ。……まあ、襟を引っ張るのはやめたほうがいいよ、とは思う。

「……あんた、そろそろ自分のアリスについてなにか発見したこととかないの？」

　仔犬のじゃれ合い、もとい、蜜柑ちゃんの謝罪をしらっとした顔で見ていた蛍ちゃんが言う。今のところ、蛍ちゃんの発明品やら、委員長、流架君のアリスやらが障害を排除していて、蜜柑ちゃんの活躍の場はない。ついでに私も活躍していない。