109 道中 ページ16
色々あった滞在も終わり、いよいよウィスタルへの帰途につく。
ちなみに今回もオビと同じ馬だ。
馬で来ていないのだから同乗させてもらうのは仕方ない。
だが別にミツヒデとでも良いのだが。
そんなことを言ってみると、後ろから大きなため息が聞こえた。
「こんな機会滅多にないんだから有効活用しないと」
「有効活用って」
そんな大袈裟な。
笑っていると不意に背中に重みを感じた。
「じゃあ、」
低い声が耳朶をくすぐる。
ごく近い距離にオビが顔を寄せていると気付き心臓が一気に早鐘を打ち出す。
もう既にいっぱいいっぱいだ。耳が熱い。きっと赤くなっているだろう耳はオビにも見えている筈なのに。
「あんたは嫌かい？」
耳が齧られたかと思った。
それくらいの距離で、揶揄うようでどこか甘い響きを宿した声を聞いたらどうなると思う。
「っうぅ、ずるい」なんとか絞り出した声は我ながら情けないものだった。
くすり、とまた吐息が耳にかかる。だから近いって。
「ずるいなんてひどいなあ。
本当に今回を逃したら二度とないでしょ。A嬢が他の人と2人で乗ることないだろうし」
言った彼の声が遠くなる。
ようやく解放されたと気が緩んだせいで思い切り口を滑らせた。
「いや？昔イザナ殿、っ」
目の前の手綱を握る手がびくりと震えた。
しまった、と今更口を閉じても発した言葉は戻らない。
「はぁ！？」
「うわっ、ちょっ！」
操縦手の素っ頓狂な声に馬が大きくいななき、危うく落馬するかと思った。
不満げな声で鼻を鳴らす馬をなんとか宥め、後ろの彼を仰ぎ見ても、へぇぇ…と目を丸くしたままの彼は馬が暴れたことも気づいてなさそうだ。
「あの兄殿下にねえ」
「ほんっとうに昔だから。みんなには内緒だよ」
「知ってるが」
「噂で聞いたことはあったが……本当だったんだな」
「ミツヒデに同じく」
王子の言葉に同意する従者。知らなかった、と驚いているのは白雪だけ。
何その噂。いつ流れてたんだ。
「詳しく知りたいなあその話」
「あ！なんだか雨の匂いしてきたなあ！ね、ゼン！急がなきゃいけないかなあと！」
馬に配慮した最大限の大声で後ろの彼の提案を遮る。
口から出まかせでは無い。天の神様が助けてくれたのか、にわかに湿っぽい空気がやってきていた。
「適当なことを…って言いたいけど、確かに匂うね」
「急ぐぞ」
助かった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 147人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
七草(プロフ) - 紗夜さん» お返事くださっていたのにすみません！！全く気付いておりませんでした！己の睡眠欲に負けないよう頑張ります！ありがとうございます！！！ (2021年8月16日 10時) (
レス) id: 36eff566e0 (このIDを非表示/違反報告)
紗夜(プロフ) - 続きを…続きをください！ (2021年6月26日 4時) (レス) id: 5c2d649dea (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：七草 | 作成日時：2021年5月4日 20時
