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試合中のAは、怒りは鳴りを潜め、淡々とプレーしているように見えた。
打席に入ったAからは、糸がピンと張り詰めるような鋭い気迫が伝わってくる。
投手と対峙している姿を見ていると、バッティンググローブに隠れている手がどうなっているかなんて、忘れてしまいそうになるほど。
鋭いスイング音と共に打ち返されたボールは、綻びを突くかのように綺麗に二遊間を割っていった。
―――ふと、一瞬視線が交わる。
塁上で此方に向かって軽く手を上げて目を細めて笑うAは、"心配するな"と言っているように見えた。
試合は無事に終わり、結果的には俺が勝ち投手、Aは猛打賞の活躍だった。
"今日のヒーローは、先発の山崎 福也投手と、見事、猛打賞の活躍だった密岡 A選手です!"
"密岡選手、今日の先発である山崎投手とは同級生ですね!2人揃っての活躍、今の気持ちは率直にいかがですか?"
せっかくのヒーローインタビューなのに、相変わらずカメラが苦手で、俺の顔ばかり見て答えているA。
Aが受け答えしている間、強い視線を感じ、お立ち台の上から視線の方向を見遣る。
―――するり、あの女が通路の向こうへ消えていくのが見えた。
試合後、福也には一言断りを入れ、一足先に球場を出ることにした。
関係者用の通路を進んでいくと、―――見つけた。
『鈴木さん、』
「っ!…あ、ミツくん!今日の試合すっごく格好良かったよ!」
『嬉しいな。試合観ててくれたんだ?』
ゆっくり鈴木さんへ近付き、そっと彼女の手を取りながら瞳を覗き込んだ。
「え、あの、ミツくん…?」
『君が俺のことを気にかけてくれているのは嬉しいけど、その気持ちには応えられないよ。…だから、"これ"は君にお返しするね』
「あっ、待って!私、私、ミツくんのこと…!」
それ以上の言葉は聞けないと言うようにスッと目を細めると、鈴木さんは青い顔をして逃げるように走り去って行った。
『…さて、福也も待たせてるから帰らなくちゃな』
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作者名:すずめ | 作成日時:2024年3月25日 17時