浅瀬を泳ぐ魚達 (ページ33)

今日:4 hit、昨日:17 hit、合計:26,764 hit

14-2 ページ33

`

それでもモトキくんは気付かないから
私は看護師さんに小さく手を振って

看護師さんもニコッとして、静かに出て行った

だけど気付かないなんて
よっぽど疲れてるんだろうな

いつも見ている動画では
もちろんそんな素振りは見せなくて

皆全力で楽しんでる姿を見て
自分も楽しい気持ちになってるけど

その裏側は、きっと想像以上にハードだ

『…無理しないでね』

病院に運ばれることだけは無いようにと
願うように、モトキくんの頬に手を当てたら

ぴく、って体が震えて

「ん…あれ…俺いつの間に寝てた…?」

『あ…ごめん、起こしちゃった』

目を擦りながら体をゆっくり起こし、背伸びをした

「俺こそごめん、せっかくAのとこ来たのに

あ、てかご飯来てんじゃん
もしかして…気、遣った?」

『というより、モトキくんが
隣で寝てる時間を満喫してた』

「え〜いいなぁ」

『羨ましい?』

何故か羨ましがるモトキくんに対して
私がくすくすと笑うと

不意に、頬に手を当てられて

「…Aが寝てる時
俺は少し不安になるからさ」

『…え?』

「このまま、起きないのかなって思うくらい
綺麗な寝顔をする時、あるから」

困ったような、悲しそうな
そんな顔をしたから

昏睡状態も経験したことある私は
何と言えばいいか分からなくなった

そんな私を見て、モトキくんは
頭を撫でて微笑んで

「だからね
いつか俺の隣で、毎日おはよう、って
Aが言ってくれたらいいなって思う」

そう、言ってくれた

一見当たり前のように思えることも
今の私にとっては難しい、というのは沢山ある

それでも、それを願ってくれるのが嬉しくて

『…私も、毎日モトキくんの隣にいたいな』

精一杯の笑顔で応えたら

モトキくんは、私をぎゅっと抱き締めた

「それ、約束だよ、A」

『…うん、約束』

守れるかどうか分からないけど
いつかきっと果たしたい

そうやって、モトキくんとの約束が
ひとつずつ増えていく事が、私の毎日の支えになる

「…ご飯、冷めちゃったかな」

『ん…大丈夫だよ』

「…いつかさ、温かいご飯を
Aにいつでも作ってあげたい」

『…じゃあ、それも約束』

「うん、約束」

抱き締めていた腕が解かれて

優しくキスをして

「ずっと、Aの側にいるから

Aも、俺の側にいて」

『…うん、側にいるよ』

とびきりの笑顔をする彼と
本当は一緒にいられるだけで幸せ

それでも、桜と同じ色の
彼と彩る未来を夢見る

end