口の悪い救世主 ページ20
ハッとして振り返ると、彼女たちはまだそんなに遠くは行っていなかった。
ざまあ見ろ、私に聞こえるようにそう言っては笑っている。
陰湿。私にいくら嫌がらせをしたところで、何も変わらないのに。
本当に及川のことが好きなら、本人に言えよ。だから女子の群れは、嫌いだ。
ぷつん、と自分の頭の糸が切れた感覚。我慢ならない憤怒を抱いた。
神経が、一斉に張り裂けそうな、そんな感覚に陥る。
床に落ちた及川の好きな甘い卵焼きをぐしゃり、潰した手を振り上げた瞬間だった。
「なにしてんだ!」
振り上げた手が、後ろから力強い何かに掴まれ、その行為を阻まれる。
手の力が抜けて、彼女たちに投げつけようとした卵焼きが、べしゃ、と床に落ちた。
もう卵焼きの形はなく、ただの黄色の塊。
「及川と飯食うんじゃねえのかよ」
顔を上げると、慌てた様子の岩泉が軽く肩で息をしながら私の腕をしっかりと掴んでいた。
自分でもわかるくらいに強張った表情をした私を見た岩泉が、困った表情を浮かべた。
「悪い、口出ししねえ方がいいと思った」
そう謝った岩泉は、恐らく始終を見ていたのだろう。
でも私のプライドを気遣って、割って入ることを躊躇ったんだと思う。
手を離した岩泉は、隣にしゃがんで散らばったお弁当の残骸を見ては額に手を当てて重い息を吐いた。
「飯は食えねえかもしれねえけど、これは」
独り言のように呟いて、床に落ちた、私が握り潰していない方の卵焼きを手に取り、躊躇うことなく口に放り込んだ。
「ちょっ、それ落ちたやつ…!」
私が慌てて岩泉の制服に掴みかかると、彼は口を動かしながら「死にはしねえよ」と言った。
「なんだ、うめえなこれ。クソ及川が羨ましいくらいだ」
そして流れるようにタコの形をしたウィンナーも口に含む。
うめえ、と言って笑った。久しぶりに岩泉のこんな顔を見た気がした。
なんだか頭の中が錯乱する。夢かとすら思えるほど。
「いいよ岩泉!私拾うから。ていうか食べないでって、お腹壊したらどうするの!」
そう言って私は床に散らばったお弁当のおかずたちを片付けようと手を伸ばす。
「ちょっと岩泉!」
「勿体ねえだろうが」
私が回収しようとするおかずを、岩泉がすかさず手に取って口に入れる。
手を伸ばしても伸ばしても、岩泉のバレーで培った反射神経にはコテンパンに負けた。
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いおり - 道徳の教科書に載ればいいのにぃ!!泣くことしか出来ませんが…凄く素敵な作品で本当に号泣しました!!1日で全部読ませて頂きましたがここまで素晴らしい小説は今までで一番だと思います!! (2020年12月9日 15時) (レス) id: 5e524467c0 (このIDを非表示/違反報告)
雅 - 本編は全て夢主目線なのに他の登場人物の感情も伝わってきて、切なくなりました。作者様の描写が繊細だからこそ、読み手にしっかり伝わるのだと思います。番外編でまた深く心情が知れて切なくなりました。特にマッキーがかなりグッときました。すごく素敵な作品でした! (2020年6月22日 9時) (レス) id: 2f4dc25fc0 (このIDを非表示/違反報告)
おかか - めっちゃ面白かったです!一人一人の言動の真意とかしっかり話が作られていて、リアルで凄いです! (2020年6月21日 9時) (レス) id: 0ecde9d0b0 (このIDを非表示/違反報告)
ルーテル(プロフ) - 今まで読んだ占ツク作品で1番好きかもしれません…1人1人の心情がリアルでぐちゃぐちゃなのに真っ直ぐな恋心がとても心地いい作品でした!マッキーの切なさが一番心に来ました…いい作品をありがとうございました! (2020年5月31日 22時) (レス) id: 98b39f25a9 (このIDを非表示/違反報告)
モンブラン♪@アップルパイも捨てがたい(プロフ) - 泣いた...岩泉夢主さん好きなのかなぁ?は勘違いか...もうカッコよすぎ...ごちそうさまですっ (2020年1月13日 12時) (レス) id: 538cc2e76e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:小鈴 | 作成日時:2019年10月17日 21時