拝啓、顔も知らないあなたへ

六通目 ページ7

「山中さん…」



彼は山中さん。

推定三十歳以上年上の男性。

先輩にあたる人物だ。



「あ、あはは…私が彼氏と別れたって話ですよ」

「へぇ！そうなんだ！…じゃあ今はフリーなんだ」

「えっ…ま、まぁ、昨日のことですから」

「ふーん…」

「もう、女子トークに入ってくるなんて！空気読んでください！」

「あはは、ごめんごめん」



桃花ちゃんの強気の言葉に苦笑いをこぼす山中さんは、なんかいつもと違う気がする。



「Aちゃんは好みのタイプとかあるの？」



何故山中さんにこんなこと聞かれているかは分からないけど…。



「そうですね、既婚者じゃなくて、DVしなくて、浮気しなくて…」

「それタイプじゃなくて大前提だから」

「え、そう？そういうの抜かすなら…」



その時ちょうど、誰かの着信音が鳴った。

それがタイミングよく、三代目JSBの曲。

唐突に昨日お兄ちゃんが言ったことを思い出した。



「…登坂広臣よりいい男、ですかね！」

「「……え？」」

「あ、登坂つながりで！」

「な、なんだ冗談か〜」



そう言って笑った山中さんだけど、割と冗談でもない。

登坂広臣本人が言った言葉だ。



「あ、そろそろ仕事始まるね」

「あ、うん！桃花ちゃんまた後で！」



デスクの離れている桃花ちゃんが椅子を持って去っていった。



「…あの？」

「ん？」

「お仕事始まっちゃいますよ？」



山中さんが私の隣に立ったまま動かない。

そういえば彼のデスク、結構離れてると思ったけど、私たちそんな大きな声でしゃべってたかな。



「Aちゃんって、あんな冗談言うんだね」

「は、はぁ…まぁ私も冗談くらい言いますけど…さっきのはあながち間違ってないというか…」

「じゃあさ、今日の夜飲みに行かない？」



二人きりで。

耳元で吐息たっぷりに呟かれた言葉に全身が凍った。

ぞくッとして耳を手で押さえる。



「耳、弱いんだ？」

「あ、あの」

「俺はAちゃんのこと、悲しませないよ？」



既婚者じゃないし、浮気もしないしDVもしない。

ほら、君のタイプ。

そう言う彼に背筋がまた凍る。

いや、貴方の年齢で既婚者じゃないのは、やっぱり問題があるからでは…。



「あの、予定が入っているので無理です」

「んー、そっか、じゃあまた誘うね？」



これ、俺の連絡先。

色気のない仕事用の付箋に書かれたそれを、デスクに貼られた。

…お兄ちゃんごめんなさい。

また面倒な人に好かれてしまったようです。

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