拝啓、顔も知らないあなたへ

三十八通目 ページ39

壱馬さんの手紙を受け取ってから、一週間が経った。

私は今日も、あの手紙を出せていない。

前に進むためにも出したほうがいいってのは、分かってる。

もしかしたら、壱馬さんが待ってるかもしれないし…。


…そういえば、桃花ちゃんにはあの手紙のこと、話してたんだ…。

そのことを思い出して、思い切って相談することにした。

もちろん諸々の情報を伏せて。



「…連絡先を書いてみたの。

それで関係が前に進めばいいなって思いもあるし…

相手が気があるって思ってもう手紙のやりとりをしないって思ったらそれでもいいって思ったの。」



彼からしたら、下心のある女ほど面倒なものはないと思う。

女性関係を断ち切っているって言ってたし

彼の邪魔になるなら、あっさり身を引くのが…務めだと思うし。

それが、この幸せの代償だと思うから。



…でも…。



「…やっぱり私、まだその人とお話したくて…」



顔も知らないあなたと、もう少し話していたいの。



「…ふーん」

「…なんでニヤニヤしてんの」

「だって、なんかキュンキュンするんだもん」

「…キュンキュン？」

「だって、なんかお互いゆっくり歩み寄ってく感じがいいじゃない！絶対その手紙送ってみるべきよ！」

「え、ええっ！？でも、その人女性関係断ち切ってた人なんだよ？私なんかが…」

「でも住所送って来たんでしょ！それってあなたとなら関係を築きたいってことじゃないの？」



そ、そういうことなの！？



「今から出しに行くわよ！」

「い、今から！？」

「思い立ったが吉日！案ずるより産むが易しよ！」



腕を引かれて、昼食の途中だというにも関わらず、会社を飛び出した。

少し走れば赤色のポストが見えてきて、心臓がバクバクする。



「ほら、手紙持ってるんでしょ？」

「…うん」



『芸能人って理由であいつから離れないでやってほしい』

そう言ったお兄ちゃんの言葉を思い出す。



「……お願いします」



そう一つ呟いてポストに投函した。

他人を気遣っているふりして、自分を守っているだけ。

それで壱馬さんを傷つけていたら…私は嫌。

壱馬さん、私はあなたのファンじゃないけれど

あなたと…もっと仲良くなりたいと思っています。

それが迷惑だと言うのなら…電話しないでください。

…もし、電話をくれたときは。

あなたの気持ちを、あなたの口から聞かせてほしい。

それだけで、救われる気がするから。

…私のワガママです、ごめんなさい。

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