断頭台で待ち合わせ (ページ35)

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ほつれたリボン　２－⑤ ページ35

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「ねえダフネ、あれって“アンリ”じゃない？」
「そうみたいね」

　友人であるダフネ・グリーングラスは素っ気なく目を逸らした。そういったクールなところがある彼女と違って、少女は頭が軽いと度々からかわれる割にそういったことについて敏感だった。流行への興味も、情勢への触覚(アンテナ)も、広義的には同じものだ。弱小純血家である彼女はそう思っている。
　少女はもう一度ちらりと様子を伺う。誰も見ないような背の高い鎧の影。そこではスリザリンの十人近い男子生徒が緋髪の誰かを囲んで、bitchやannoying、damn、そしてfuckなど、聞くに耐えない言葉で貶している。その矛先にいる誰かはじっと嵐が過ぎるのを待っているようだった。

　少女は彼のことを少しだけ知っている。
　シャルル・アンリ＝サンソンはハリー・ポッターと同じくらいに有名だ。魔法界の英雄──大体のスリザリン生はその呼び方をあまり好まない──を知らないような老人でさえ、“アンリ”と言われればすぐにぴんとくる。
　その唯一の末裔であるたった一人のサンソンがあんな目に遭うのは理不尽なことのように思えた。

　男子生徒の言葉の勢いが増していく。「スネイプ先生呼んできたほうがいいかしら」と同情しきって言うと、ダフネはなぜか気分を害したように「放っておきなさい」と真っ直ぐな金髪を靡かせてスリザリンローブの集団を横切った。
　彼女の言うことは正しい。“アンリ”である彼が蔑ろにされているだなんて、そんな醜聞は許されないからだ。きっと純血かどうか怪しい自分よりも、グリーングラス家である彼女は“アンリ”について詳しいし、彼を庇護しているマルフォイ家についても理解が深いに違いない。

　そんなふうに言い訳をして、彼らの蛮行を見逃した。けれど彼女の視線はずっと人垣の向こう側に釘付けだった。一秒もしないうちに“アンリ”はこちらに気づき、こてりと首を傾げて少女を見つめる。
　少女ははっとした。男子生徒の視線が一斉にこちらを向いたためではない。その少年を初めて正視したからだ。
　腰までを覆う緋髪の鮮やかさや、満月を切り取ったような相貌の儚さ、まるみの少ない輪郭の儚さ、感情の見えない唇の形、人形のように精巧な造形美、それから──

「トレイシー？」
「……あっ、ごめんなさい！いま行くわ！」

　トレイシー・デイビスは淑やかに駆け出した。まるで、自らを搦め捕ろうとする長い舌から逃れようとするかのように。