月は霞んで星が瞬く ni (鳩山) ページ29
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「はぁ…はぁ…っ…」
薄暗い森の中。月の微睡む時間帯に、少女の荒い呼吸が響き渡る。
懸命に走って、走って、走ったからだろうか。くすんだ髪は汗に濡れ、彼女の頬にはり付いていた。
心臓が張り裂けてしまうほどに息をするだけで苦しい。足先はもう痺れと痛みで感覚もなくなっていた。けれど、彼女は足を止めなかった。何度も何度も後ろを振り返りながら、行き先もないまま走り続けて……。
街頭も松明もない中、夜の森の中を走っていたため、彼女は木の根に足を取られて転んでしまう。決して綺麗とは言えないドレスはさらに泥だらけとなり、彼女の持ち物の中で唯一輝かしいロケットペンダントがその勢いで地面に落ちた。
カチャン、と音がしてそのペンダントが開く。
そこには一人の青年の写真が入っていた。
「……兄さん……」
必死に手を伸ばしてそのペンダントを取る。森の中を駆け巡って、聞こえてくる足音はすぐそこだ。
捕まるのも時間の問題。
少女は足を止める。いつの間にか靴が脱げてしまっていて、足先は傷だらけだ。でも今は痛みなんて感じなかった。
「……最後に、見れて良かった」
力を込めて握っていたペンダントに口づけを落とすと、金色のペンダントが月の光で輝く。魔法をかけられたような不思議な光景であった。
ざわざわと木々が騒ぎ立て、後ろから怒声が聞こえる。彼女はもう足を完全に止めて、高く黒に染まった空だけを見つめていた。
「…居たぞ!」
「A王女だ…!」
「掴まれろ!」
追手の怒号に対して怯むことなく、彼女こと、──A第二王女はその場に佇んでいた。
泥だらけで、青白い顔は血色が悪い。天から祝福を受けていた美しい髪の色は今や霞んでしまっていて…決して美しいとは言えないのに。その場に佇む彼女は、誰から見ても息を飲むほどに凛としていた。
「もう、逃げませんよ」
じっと、前だけを見て芯の通った声を出す彼女。
一瞬気圧された追手の男達は、数秒遅れて彼女へと近づく。
長かったお姫様の逃走劇が終わろうとしていた。
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作者名:軍パロを愛する連合軍 x他11人 | 作者ホームページ:なし
作成日時:2020年6月1日 12時