二十九本目 ページ32
何度も、何度もゾムは、剣を振るう。彼の刃が人を斬り、周りは血の海。なにも出来ずに立ち尽くす。いや、足だけは辛うじて動いていた、という方が的確な表現だろう。水に飛び込んで深く潜る。水面からは矢が降り注ぐ。苦しくて、苦しくて、でもがむしゃらに、私はひたすらに手と足を動かした。
私を、護る目の前の男が、ひどく怖い。
私は…咽び返る赤から目を逸らした。
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「がはっ……ごほっ……っ」
「ここまで来れば大丈夫や。ゆっくり息を」
「……っ……はぁ…っ…」
「…やっぱりあんたはここに来るべきやなかったんや。あれぐらいのことで竦んでしまうようなら戦場には出られへん。弱虫は、かえって邪魔やからな」
「"あれぐらい"、ですって!?」
勢いよく振り返った私を、冷たい目で見るのはゾム。
「何で、そんな目を出来るの…?ひと、を殺しているのに」
「……ははっ。甘ちんやなぁ。そんなんもわからんの? 慣れに決まっとるやろ」
「慣れ、」
「あぁ。そうや。あんたがぬくぬくと宮殿におる間、俺は前線で何人、何十人、何百人と殺したわ!今更、人殺しなんて言われてもなぁ…なんも思わんねん!!それが甘いあんたに出来るか?出来んやろ。そんなんなら居っても邪魔。戦場では荷物が多い方が負けるからな。ぴーぴー泣くひまがあったらはよ去れや」
彼に言われて、気付く。私の頰は濡れていた。
「…確かに、怯えていたのは事実よ。でも、兵法や剣術を覚えたことは変わらない。誰であろうと私の努力を侮辱するのは許さない。例え、あなたであろうと」
「机に向かって学んだだけで偉そうなことを言うな。はっきり言ってやるわ。……あんたには無理や」
その言葉に、全身の血が逆立つ感覚に襲われた。考えるよりも先に、言葉が出てしまう。
「そんなに人を殺すことに慣れるのが偉いのか…?それとも、私とは違う"胡人"だから人を殺すことに何も感じない?」
私は乾いた笑みを浮かべる。
そして、言ってしまって後悔する。
私の言葉を受け取ったゾムは、ただただ寂しさを抱えた若草の瞳を揺らしたから。
「…胡人だって、嫌なもんはいやや。敵に刀を向けられれば怖いし、逃げたいとも思う。人を斬るんは重たくて生々しくて、臭くて嫌い。でもな、俺が戦う理由はたった一つやった」
「"死にたくなかった"」
悲しいぐらいにゾムの声は正直だった。
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鳩山(プロフ) - 妹。さん» コメントありがとうございます…!後半は色々と盛り込んでしまいましたが楽しんでいただけたなら幸いです。ご愛読本当にありがとうございました…! (2020年10月17日 11時) (レス) id: 9ca89ee33d (このIDを非表示/違反報告)
妹。(プロフ) - 友人に勧められて拝見させて頂きました。原作も知っていたのですが、原作の終わり方は中々はっきりとはいかなかったと思うので、急展開でも寧ろバリバリのハッピーエンドになってるのが個人的にめちゃくちゃに好きです。ほんとに良かった。涙ながら読みました… (2020年10月17日 4時) (レス) id: 15a5300c38 (このIDを非表示/違反報告)
鳩山(プロフ) - ものくろ。さん» コメントありがとうございます…!原作を読み、感動のあまり書き殴ったものですが楽しんでいただけたようで何よりです…!最後までお付き合いしていただき本当にありがとうございました…! (2020年8月3日 15時) (レス) id: 9ca89ee33d (このIDを非表示/違反報告)
ものくろ。(プロフ) - とても面白くて一気に読んでしまいました(笑)私も原作を読んだことがあり「もしかして…」と読み始めたこの作品ですが本当に楽しませてもらいました!原作久しぶりに読み返そうかなと思ってみたり…笑 最後までありがとうございました!お疲れ様でした! (2020年8月3日 15時) (レス) id: f4afc82ded (このIDを非表示/違反報告)
鳩山(プロフ) - 野々宮蓮花さん» 野々宮先生……あ、ありがとうございます!語彙なんて必要ありません、感想を下さったことに涙が出てきてしまいます。最後までお付き合いしていただき本当にありがとうございました。私は幸せです。 (2020年7月13日 19時) (レス) id: 9ca89ee33d (このIDを非表示/違反報告)
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