Story 56 ページ8
此方を振り返って、深くお辞儀をした所長さんの背中が、ドアの向こうに消えた。
…パタ……ン…………
コツ
コツコツ……
小さくなっていく足音を耳に、狭い玄関に立ち尽くす。
自分の心臓の音が、バクバクと嫌に大きく聞こえる。
音のない玄関
音のなくなった私の部屋
ガランとした玄関
私のパンプスとスニーカーが、計２足。
ついさっきまで、男物の靴がぎゅうぎゅうだった
靴も、跡形もなく消えてしまうんだ…
何事もなかったかのように、幻のように…
音のないダイニング
私の頭は、現状理解できていないことを、はっきり理解したようで
彼らの跡を探す足はふらふらと、
キッチンに寄って棚を開けてみたり(カップは渡してしまったのに)
リビングに向かって、甘くて爽やかな香りを探してみたり(残り香なんてとっくに消えたのに)
ベッドルームのドアを開けて……
チラ…
ベッドのサイドボードの上で何かが光る
息を呑む
あぁ残っていた
6人がここにいた跡…！
必死に手を伸ばして、
掴んだものは
「……っ。」
幸穂に貰ったネックレス
空色の、北斗さんに貸していたネックレス
鏡を見ても
北斗さんのキスマークは、跡形もなく消えていた
自分で決めたことなのに。
6人は、滝沢さんと一緒に去っていった
当たり前の事実が、この静けさに説得力を持たせて
此方に向かって手を伸ばす彼らを
大きな6本の手を
振り払ったのは、紛れもなく私で。
「…っ。」
この事実に、未熟な心は耐えられない
ポロリと涙を流しても
おねーさん、泣かないで…
そう言ってくれた彼らの声は、もう聞こえない。
彼らとの日々は、夢か幻か
空色の石を握りしめ、幸穂に話を聞いて貰いながら、ワァワァ泣いた。
…大丈夫
きっと、明日には夢のような時間だったと笑えるから。
小さな石は、優しい青空の色をたたえて
泣きはらした私にも、キラリキラリと穏やかに光る
さよなら、ごめんね…
幸せになってね
＊
タクシーのライトが、光を零す工場の入口を照らす。
滝沢が、6人を抱えて降りる頃には、
慌てた様子の秘書達が入口で待っていた。
お帰りなさいませ、所長
あぁ。
急に出かけて悪かった。
澤井のご令嬢から、連絡は？
はい。先程ありました。
やはり一度見ているようですね。
特に、大我と北斗にご執心です。
…そうか。
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venjamin(プロフ) - アンケートにご協力頂いた皆様、ありがとうございました。びゅーね君の枝分かれ作品となる「私の好きな人」同僚メイン には、樹さんに3人目として登場してもらおうと思います。 (2021年11月14日 1時) (
レス) id: 221b5a88eb (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：venjamin | 作成日時：2021年8月30日 2時
