五十話 〈壱ノ記憶〉 ページ10
「った、助けてくれぇ！！！」
「…！！」
意識を取り戻す。
そして、目の前に広がる惨状に驚愕、そして恐怖する。
「お、お俺が悪かった！！見逃してくれ！！」
「…」
(！ 声が、出ない…！？)
何をしているの、と声を出そうとした少女だが、何故か声が出なかった。出せなかった。
それに戸惑っていると、意識に反して体が動き出す。
(なっ、身体が勝手に…！)
スタスタとまるで散歩でもしているような足取りで進み、その足は一人の男の前で止まる。
「ひぃ…ッ！！」
男は、小太りの中年男性であった。
裕福なのだろう、身にまとっている衣服は全て高級品。
血に塗れた、高価な品々。
「――いかにも自分に慢心してる、って感じだな。お前」
男の両足はあらぬ方向に折れ曲がっており、その折れた部分からはおびただしい量の血が流れ出ている。
その顔に浮かぶのは紛れもない恐怖。怯え。畏怖。
少女はその顔に驚くが、それよりも気になる事があった。
(この声……この人の…)
少女自身の喉から出た声は、彼女のものではない。
この夢の持ち主、寧塑寺Aの声だった。
少女は必死に頭を回し、やがて一つの仮説に辿り着く。
《意識は自分のものだが、身体はAのもの。》
「かっ、金か！？金が欲しいんだなっ！？いくら、いくら欲しい！？」
「…あぁ？」
身体がAのものかもしれないのだ、少女の意思に反して言葉が連なる。
「金はある！！いくらでもやる！！だから命だけは助け」
(っう…ぇ…？)
一瞬。
その一瞬にして、男は無情にも命を刈り取られた。
鮮やかな血飛沫が上がる。
何が起こったのか理解できていないような表情のままの首が、ごろんと転がり川に落ちる。
少女もその川へ目を向けさせられる。
その行動で、つい先ほどの仮説は確固とした事実へと変わった。
(あ…)
揺れる水面に映るは一人の少女。
青碧の短髪が揺れる、虚無を湛えた少女。
寧塑寺Aであった。
その顔をさらに見ようとしたが、瞬き一つの間にまた意識が揺れる。
狭まっていく意識の中で
「お前は一体どこで道を間違えたんだよ」
悲しそうで、苦しそうで、聞いているこっちが泣けてくるようなか細い声が聞こえた。
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作者名：名梨 | 作成日時：2020年1月12日 18時
