朔と日第二幕【鬼滅の刃】【竈門炭治郎】 (ページ35)

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七十五話ページ35

「…」

炭治郎は異変を嗅ぎ取りAの隣に行こうとした。

手を取って、そんな顔しないでくれと言ってあげたかった。

でも身体が動かない。

固く握り締められた拳が、薄れて消えた彼女の匂いがそれを許さなかった。

「…煉獄さんの遺言を伝えなくちゃならないっていう責任感も、この人になら託してもいいって思われるような信頼も、俺は何一つ、持ち合わせてはいないから」

既に月は西の空に消え、薄暗い明かりが二人を照らしている。

あぁそう言えば今日は新月だったな。朔月の日だ。

Aは薄紫の夜空をぼんやりと眺め、口角を上げたまま呟く。

「……"救うんだ"、って、何なんだろうな」

それは煉獄が彼女に贈った最期の言葉。

たったそれだけの言葉だった。

「誰かのため誰かのため。そうやって死に物狂いで動いても結局…大切な人を救えた事なんか一度も無いのに」

飢え死にかけていた所を助けてくれた友達も。

生きる希望を与えてくれた師匠も。

認めてくれた同僚も。

皆死んだ。

「大切な人はいつだって俺より凄いんだ。師匠は俺より体力も知識もあって、煉獄さんは俺より迷わない心も責任感もあって」

炭治郎にここまで話す気は無かったのになぁ。

俺も熱あるのかな。

Aはにこやかに炭治郎を振り返った。

「俺は、俺より優しくて頼りにされてるお前も、いつか失うのかな」

その穏やかな笑顔は淡く、そして少しでも触れれば崩れてしまいそうなほど脆かった。