4回戦:君と期末試験 ページ16
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湯気があがるチャーハンを一口食べて思ったのは、味がしない、だった。
……そういえば、
「塩、入れてないかも」
不思議そうな表情で口を動かしていた聡くんは、「……ほんとだ」とゆっくり頷く。
珍しく料理をした私が作ったのは、味のないチャーハン。聡くんがいつか家を出ても大丈夫なように家事スペックを上げ始めた訳ではなく。
迫る期末試験の勉強に追われる聡くんの代わりに、私が家事をしているのだ。
松島聡という人は、コーディネートも料理のセンスも抜群だけど、学力の方は少し難あり、である。
思い出すのは、初めて会った日のこと。
ダンボールの並ぶリビングと、大きめのパーカーを着こなす男の子。これからやって行けるのか、と不安でいっぱいだった私に聡くんが、銀色のスパナに対して「メゲル」「六角ドライバー」など謎の名称で必死に呼んでいたのはずっと忘れられない。
その後も、聡くんのミラクル発言は止まることを知らず。どうやって大学に入ったんだろう、と不思議に思っていたりする。
そんな彼は、試験前は人一倍勉強していて。
聡くんの留年回避のため、私が2週間ほど全ての家事を担う、というのがいつの間にか私たちの決まりになった。
「はい、聡くん。コーヒー」
「Aちゃん……ありがと」
テレビの前のローテーブルにレジュメや教科書を広げた聡くんが、まるで干からびそうな顔でコーヒーを一口飲む。
プリントの名前の欄にところどころ見える『佐藤勝利』の文字。どうやら勝利くんに授業プリントを借りているらしい。早く返さなきゃ勝利くんも困るんじゃないだろうか。
「眠い……ちょっと寝たい」
「聡くん昨日もそう言って起きなかったじゃん。だめ」
「……」
正面に座って自分のレジュメを広げる。聡くんよりかはマシだけど、私もあまり余裕は無い。今日中にこの教科は終わらせてしまいたい。
試験前は毎晩2人で眠気との耐久レースを開催している。集中力が途切れた時はコーヒーを飲んだり夜食を食べたり。こうやって世話をしていると、なんだか弟みたいに見えてくる。
……好きだと思ったの、気のせいなんじゃ。
レジュメに視線を落としながらふとそんなことを考えた時、ソファの上に置いていたスマホが震え出した。
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