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漸く涙が落ち着いて、少しだけ顔を上げる。後ろにいる彼のいつもよりも低い、囁くような声に耳を傾けた。
「泣いてもいいけどさ、ひとりでは泣かないでよ。俺ここにいるじゃん」
「…ん、」
「俺じゃなくてもさ、しめとか、誰でもいいから」
そうだ、美容院で働き始めて、体調が不安定な俺を受け入れてくれるしめと、海人も仲良くなり始めた頃。
…でもこういう時、俺はこいつ以外を選びたくなんかなかった。
「…それ、は、…海人が、いいな」
「そう?じゃ起こしてよ」
「ん〜…」
「あのね海斗、俺ね、眠い中叩き起こされることより、大好きな人がひとりで泣いてることのほうがつらいよ」
「っ、」
「守りたいんだ、海斗のこと。今起きてることだけじゃなくて、昔のことからも。…海斗はね、もう幸せになっていいんだよ。十分苦しい思いしたんだから」
「かい、と…っ」
俺たぶんこの人には一生敵わないんだなって、心の底から思ったな。
出し切ったはずの涙がまたあふれて、今度は海人に正面から抱きつく。ここ寒いじゃん風邪引くよ〜?なんて笑った海人は、俺をぎゅうっと抱き上げて、そのままベッドに腰掛けた。
海人の胸に顔を埋めて、大好きな香りに包まれながら、俺は泣いた。
それはきっと、安心感とか、そういう、あったかい涙。
起こしたくない、なんて、建前だった。
本当はずっと、このぬくもりの中で、苦しい時間を分かち合ってほしかったんだ。
泣き疲れて眠りに落ちる直前、彼のくちびるが俺のくちびるにふれた感触と、それから柔らかい声が聞こえた気がした。
「ひとりで苦しまなくたっていいんだよ。俺がずっと、そばにいるから」
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作者名:翡翠 | 作成日時:2023年5月16日 18時