れもん哀歌

17-Do ページ17

『８年前 一人の女性が殺されて そのご遺体は 日彰医大の法医学教室に運ばれた』




「被害者は身元不明 スクラップ置き場に捨てられていました」



いまでも 思い出す

納体袋を開けた時の夕希子さんの香水の香り

焦点の合わない暗い瞳

系ちゃんの苦しそうな横顔





『その日当番だった中堂さんと…中堂班の臨床検査技師の私は そのご遺体を解剖した

何も言わずに』





夕希子さんの喉元にメスが当てられて

誰も見たことのない夕希子さんの内側が開かれた

あんなに優しくて 暖かくて 心から美しい女性だったのに

切って開いた先にあったのは

重罪人とも 一般人とも何ら変わりのない赤く血 濡 れた臓 器だった





『法医学者としては当然の行為 ご遺体は毎日のようにやってくるから
でもそのご遺体は中堂さんの恋人で 私にとってはお姉ちゃんのような人だった

運ばれてきた恋人の他殺体を 中堂さんは何も言わずに解剖したの』


目を見開いたミコトを見ながら

夕希子さんと出会った夏の日を思い出していた







15年前

高校生になった私は 仲良くなった友達に流されるように

髪を染め ピアスを開け たくさんの人に迷惑をかけた

停学をくらった夏休み1週間前

その日私は 万引きをするつもりで本屋に入った

ふらふら本屋を見ていると 絵本のコーナーに辿り着いた

そこにはカラフルな絵本と小さな子供たちがいて

私を見つけると「えほんよんで！」って

脚立に座らせて その場で読み聞かせが始まった

何冊も何冊も読んで喉が渇いたころ


『ごめん ちょっとお水飲みたいんだけど…』
「「えー！！」」
『いや 声がカスカスになるから』
「これでよければ飲む？そこで買ったんだけど 私これ飲めなくて」


evikaiの水をくれたのが夕希子さんだった

貰った水を飲みながら 子供たちが帰るまでずっと読み聞かせをしていた

それを夕希子さんは最後まで子供たちに混ざって聞いていた


「あの…」


子供たちが帰った頃 本屋の店長に声をかけられた


『あー すいません 迷惑でしたよね』
「いえいえ 実はここにキッズルームを作ろうと思っていて 子供たちに読み聞かせをしてくれる人を探していたんですよ」
『へー』
「どうですか？」
「ぜひ！」


何故か夕希子さんが勢いよく答えて

その日のうちに書類を書いて 私が明日からここで働くことになった

18-Do→←16-Do

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す