12月25日��_優しい彼 ページ9
※付き合ってます
最悪だ。本当に最悪だ。
凍るように冷えていく肺は無視して、ひたすら石の階段を駆け上がる。
どこでフラグが立ってしまったのか。
こんな残業に苦しむことになってしまうとは。
イルミネーションで彩られた街の中を駆け抜けて、約束の場所へ。
今や彼との特別な場所となった高台を視界に入れ、Aは見覚えのある背中に向かって声をあげた。
「……陣平ｯ！」
人気のないその場所で振り返った黒い影。
街灯に照らされた松田の姿を目掛けて足をゆっくりと止める。
走ってきた苦しさよりも、ずっと重いものが心にのしかかったまま、整っていない呼吸でなんとか声を出した。
「ｯごめ、ん」
「そんな待ってねーよ」
「嘘っ…つき…」
言葉で誤魔化せても見ればわかる。
鼻先は赤いし、白い息がこぼれているわけでもない。
いつもよりもずっと血の気が引いている顔。
壊れ物を扱うかのようにそっと頬に触れた。
(……冷たい…)
手袋もつけずに走って冷えた自分の手よりも、松田の方がずっと冷たい。
自分がいつ来てもいいように、ずっとこの場に居てくれたのだろう。
いつもいつも、彼を待たせてばかり。
罵倒してくれたって構わないのに、どうしてそんなに優しいのだ。
(どうしよう…どうすれば…)
謝罪も感謝も伝えたい。
けれどまずは冷え切った体を温める方が先だ。
人体の構造について書かれたあの本にはなんて書いてあっただろうか。
鼻が赤いのは寒さで毛細血管が膨張しているせいだが、鼻だけ温めても治るわけではない。
耳は細い血管しかないから血流が悪く、冷えればすぐに頭痛がくる。
頬を温めるにしても、自分の手はけして温かいと言えるものではない。
「別に怒ってねーから、いつまでもそんな顔すんな」
「……」
黙ったままのAに痺れを切らしたのか、松田がずいっと顔を覗き込んだ。
そうは言っても、それでは自分の気が済まない。
ぐるぐる思考を巡らせて体を一瞬で温める方法を考える。
そしてひとつの方法を思いついて、困った表情の彼の目を見つめた。
「…っ」
ああやはり、これが手っ取り早いのだ。
とんでもなく自分勝手だが仕方ない。
あまり急なことはしたくなかったが、こんな日くらいは彼も許してくれるだろう。
「…陣平……ごめん」
「だからもう謝んなって………っ！？」
「……」
緊張で体が動かなくなる前にやらねばと、黒いコートの襟を引っ張って、自分の唇を彼の唇に重ねた。
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作者名：七草 | 作成日時：2022年10月31日 21時
