【鈍色編後日談】疲れた時には ページ31
.
絶対的な平穏。
そんなものとは縁遠いこの仕事は、休む暇だってあまりない。
特に今のような、標的の尻尾が中々掴めない現状は精神疲労もかなりのものだ。
"打つ手が無いのなら生み出せ"。
そう言っていた上司も自分と同じように、否、自分以上に苦労をしているのだろう。
公安というのはどれだけ必死になろうが表舞台で賞賛される事も、国民から感謝される事もない。
それでも目に見えない何かのために。
この努力がいつか実を結び、報われることを願って今日も茨の道を行く。
澱んだ気持ちを切り替えるように風見は糖のないコーヒーを喉へと流し込み、大きく息をついた。
「どうぞ」
「！」
夜の静まり返った休憩室にて、目の前に差し出されたカラフルな袋。
それが乗る手のひらから腕を辿って声の主を確認し、少しだけ見開く。
黒い髪に特徴的な灰色の瞳は資料の写真で何度も見た顔。
情報分析に長けていると何度も噂を耳にしていたが自分自身、彼女と話すのはこれが初めて。
2年前に突如姿を消してしまっていたが、先月の連続爆破事件で本庁に復帰した上司の同期。
生活安全部の藤宮Aだった。
「お疲れのようでしたので」
先程までの気が抜けた姿を見られてしまったというのであれば、確かにその通り。
深夜帯で人が少ないことをいいことについ態度に出してしまったが、上司が見たらきつい言葉が飛んできそうだ。
そんなことを頭の隅で考えながら、風見は再度手元に視線を戻し、数個の飴が詰められた袋を見つめる。
こういう時は甘いもの。
その心遣いには感謝はしつつ、瞳を閉じて少しだけ顔を背けた。
公安はいざという時のため、簡単には貰い物を口にはしない。
たとえそれが同じ警察官からのものであっても。
「すまないが…こういったものは受け取らないようにしている」
「なら…知り合いのどなたかにあげてください」
「友人に貰いすぎてしまって」。
困ったように笑い、そう続けた彼女はどこかわざとらしい。
最初から自分が受け取らないのがわかっているような、それでいて是が非でも受け取ってほしい顔をしている。
真意が読めないAの表情に顔を顰めたが、返ってくるのは差し出されたままの飴と苦笑いだけ。
(……仕方ない)
ここで大事なのは如何に事を早く終わらせるかだ。
自分がこの飴を受け取ったなら、このくだりはすぐに方がつくと、風見は手を伸ばした。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 621人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：七草 | 作成日時：2022年10月31日 21時
