【鈍色編後日談】怪物 ページ29
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「どうせならAさんが良かったんだけどな」
薄暗い地下室。
豆電球の僅かな灯りのみで照らされた犯罪者はため息混じりに呟いた。
真面目に人の話を聞く気など一切ないため、何度目かの指弄りを続けたまま、目の前に座った男に視線をやる。
「頭が硬い奴らばかりじゃないか。暇潰しにもなりゃしない」
「……」
「次はお兄さん?警察官なのに金髪って珍しいね」
警察に対する嫌悪感をむき出しにした歪な笑み。
それが崩れたのは先日、杯戸ショッピングモールで確保した一度だけで、冷たい檻に入れた後は元の傲慢無礼な状態に戻っていた。
既に何人か対話はさせたものの、不快感を与える態度で挑発の言葉ばかりを並べ、此方が欲しい情報を明かそうとはしない。
「…で、お兄さんはどんな面白いことを話してくれるの?」
期待のない瞳を向ける氷室に、降谷は小さく息をついた。
過激な思想を持つ者は最初から本心を曝け出すことが多い。
そのため何故犯行に及んだのか、その精神状態と背景を簡単に手に入れられるのが主な流れであるが、今回はそれに当てはまらない。
所謂、面倒なタイプである。
(…Aも厄介な奴に執着されたな)
この手は今まで何度も出会ってきた。
今更苦ではないし、それこそ目の前の奴よりももっと異常な思考を持った人間だっていた。
だからこそ、こういうのは短時間で片付けるのが1番だとよく知っている。
ため息をついたのはAへの完全なる同情だ。
2年もの間、こういった奴を相手にするのはさぞ大変だっただろう。
手を弄り続ける氷室を見つめながら、降谷は机の上に肘を置いて顔の前で指を組んだ。
「……そうだな。お前にとって面白い話なら…」
自分の大切な同期であり、数少ない信頼できる協力者である彼女をよくもまぁ振り回してくれたものだと、普段は出てこない余計な加虐心が込み上げてしまう。
この犯罪者は知る由もないのだろう。
指を弄るという行為は、人間の心理において不安の現れだということを。
そして不安に襲われている人間というのは、どれだけ平然を装っても、最も心を揺らしやすい状態にあるのだということを。
「XX年前の●月△日に起きた……氷室家火災事件でも語ろうか」
「……………は?」
深く踏み込んだ者にしか知り得ない情報を提示すれば、その態度は簡単に崩せる。
思い通り表情を変えた氷室に、今度は降谷が楽しそうに笑った。
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作者名:七草 | 作成日時:2022年10月31日 21時