奏 (ページ17)

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16話ページ17

確か、私はあの時8歳か9歳だっただろうか。小学2、3年生のころの話だ。

この頃はまだお父さんの勤め先が倒産していなかった。母がプロの演奏家だったから暮らしも安泰していた。

「お母さん。吹けるようになったよ。トロンボーン。チューニング出来るようになった！」

この頃から私は音楽教室に通っていた。母のコンサートを見た影響があるのだろう。母と同じトロンボーンを吹くようになっていた。

「お母さん……腕が届かないよぉ。」

「そうね。お母さんがAぐらいの頃も腕が届かなかったわ。」

お母さんは、ミサンガでトロンボーンのスライドを結び、輪を作ってくれた。腕が届かない時は紐を持って自分の腕を伸ばした。

「お母さんの音は、とーっても優しくて幸せになれるの。」

「ふふっ。あなたもいつかそうなれるわよ。」

母はそう微笑んで私の演奏を聴いてくれた。それが私にとって嬉しかった。

「Aは音を感じられる子だからね。ちゃんと上手くなるわよ。」

いつもそう言ってくれた。その言葉が1番好きだった。いま思えば母は私の副作用(サイドエフェクト)に気づいてたのかもしれない。

幸せは当然の如く、長くは続かなかった。
後に近界民(ネイバー)と呼ばれた怪物に全てを壊された。

怪物は私を喰おうとしていた。今思えばトリオン能力が高いから狙われていたのだとわかるが、当時の私たちには分かるはずがなかった。

私は目の前の光景にただ唖然とすることしか出来ないのだった。

「A……A……逃げなさい。早く……。」

お母さんが盾になって、私は助かった。ボーダー隊員が誰か助けてくれたのだろうでなきゃ私も喰われていた。

お母さんは……もう言わなくてもわかるだろう。

家は、瓦礫の山になっていた。
私の心は、空っぽになってしまった。

母は、私と違って社交的な人だったから、私は同情の言葉をかけられた。それと同時に嫌悪感も感じ取ってしまった。

小学六年生の雨の日だった。

あの日の雨は今でも私の心の中で降り続け、病むことはない。

勝手な話だ。我ながらにそう思ってしまった。誰にも聞かせる話でもない。

母さんを殺したのは、『無力な私』なのに。