幾夜寝覚めね

一 ページ2

私が生まれたのは川辺にある、ひにんと呼ばれる人々が暮らす集落だった。
それはそれは貧しくて、3日に１度しか食事はできなかった。

「昔はよかったよ」

これが母の口癖だった。私が生まれる少し前、父が双六賭博で大負けした挙句、
家財道具を勝手に売り払い、そのお金で遊郭に通い、女郎と心中。

私を身ごもっていた母は帰る家もなく、泣く泣くここへ流れ着いた。

「母ちゃん、私が絶対治してあげるから」

なんとか日々を生きていたある日、母は病に倒れた。
何日も高熱が続き、母はみるみるうちに衰弱していった。

毎日毎日私は町へ行き、お医者に頼んだが、金がないなら帰れと
突き返された。

「ごめんね、母ちゃん。お金がないから助けられないんだ」

そのうち、私も食べるものがなくなって、町へ嘆願しに行くことも
出来なくなってしまった。

＿＿このまま死ぬのかな。

でも、そのほうがいいのかもしれない。母は死に、自分一人では
生きていく術もなく、結果はどうせ同じなのだから。

＿＿お腹、すいたなぁ。




「おい、生きてるか」

誰かに揺さぶられて、閉じていた眼を開く。

「おお、大丈夫だ。生きてるぞ。しっかし、こりゃひでぇな」

知らない男が母を見てそう言った。

「母ちゃんにさわるな」

必死に絞り出した声に、男はにやりと笑った。

「よかったなぁ、おまえ。母ちゃんが売ってくれなかったら死んでたぜ」

売られた？私が？どこに？

「さて行くか。遅れたらまたどやされちまう」

あっという間に持ち上げられ、連れていかれる。

「はなせ、離せよ！」
「こら、暴れるな」

じたばたと抵抗すると、男のこぶしが私めがけて飛んできた。

「娘を」

その時、母が起き上がって、叫ぶように言った。

「娘を宜しくお願いします」

三つ指をついた母に、私は言葉を失い、抵抗する気力もうせてしまった。

一つ分かった。母は私を幸せにするために売ったんだと。
憎くて憎くてたまらないはずの場所に、私を行かせるんだと。

「今度は泣き出したぜ。まったく忙しい奴だ」

遠くなっていく家に私は声の限り叫んだ。

「ありがとう！母ちゃん、ありがとう！私、幸せになるよ！」

大きく手を振って、私は母に別れを告げた。
おかれた場所で幸せになると心に決めて。

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