虚構の綴り人 プリン×創作御侍 1 ページ28
1.
椅子へ腰掛けた御侍様は机へ前のめりになり、無我夢中でルーズリーフの紙へ黒いインクを湛えたボールペンを走らせている。私はその様を別の部屋から持ち運んだ椅子へ座り、黙って隣で眺めていた。
執筆中、私と御侍様の間に会話は存在しない。
声も無ければ、触れ合いも無い。
端から見れば、冷蔵庫の冷気のように冷めきった空間。それは御侍様にとって、自分が自分でいる為に不可欠な。大切で、大事な時間なのだそうだ。
私にとっては、どうなのだか。
御侍様の頼みだから傍にいるだけで、私にとっては。この時間も、空間も。全て、不要なものなのだろうな。
ペンを握る御侍様の手が、車が停まるように進みかけて止まる。一時停止した映像のように、一寸足りとも動きはしない。
私は何も言わずに待ち侘びている。御侍様の右手が、再び動きだすのを。悪事をしでかした訳でもないのに、私は私を薄情者と見下した。薄情なのは認めるが、頼んでおいて私と何一つ言葉を交わそうとしない御侍様のほうが、よほど薄情な人間に区分されるのではないだろうか。
私が胸中で自分を侮辱したと見抜いてか、端や偶然か。机上の下書きと真剣に向き合っていた御侍様は顔を上げ、私と目を合わせる。
「息詰まった」
「それを言うなら手詰まりでは?」
「どっちでもいいだろ」
「貴方がいいのなら、私もそれで構いません」
気に入らなさそうに軽く舌を打ち、四角レンズの黒眼鏡を人差し指で押し上げる。気が長いのか短いのか、判断が付きにくい態度を取りがちな御侍様は、人間同士の会話では、多くの軋轢と壁を生んでいるのだろうな。契約を結んだ食霊の私だから、気に障らないだけで。
御侍様は気が重そうに腕と足を組む。
物語を書き進める彼の手が止まるのは、大変珍しい。初めて、執筆中の御侍様と言葉を交わした気さえする。
御侍様の服へ透明な液体が落下し、生地に染みて、消え失せる。御侍様は顔色を変化させずに泣いていた。赤くなる事も、歪む事もない。無表情で涙を流す御侍様の姿を、私は疾うの昔に見慣れてしまっていた。
御侍様は情緒不安定で、泣きたくないのに涙が出る。悲しい訳でも怒っている訳でもないのに泣き出すものだから私はその都度、どう接するべきかわからなくなる。
御侍様の望みさえわかれば、御侍様とどう向き合うべきか、答えを導き出せる筈なのだが。
それを知るのが、難しい。
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炬燵の番人(プロフ) - 2019年、1年間書き続けてきた作品の全てを一気にまとめている真っ只中です。 (2020年1月13日 21時) (レス) id: 7b96dd935e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:炬燵の番人 | 作成日時:2020年1月13日 21時