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そう思い直して引っ張る力を緩めると、すかさずAが抵抗して強く手を振り払った。俺は不意をつかれて体勢を崩し、図らずもAに覆いかぶさってしまった。

「……あ」
「……え」

 戦場にはない花の香りがふわりとする。まつ毛は存外長く、ふっくらした唇の横に見逃しそうな程小さな黒子を見つけた。こんな息がかかりそうな距離でAを見るのは初めてで、うっかり動揺する。敵を抹殺する冷酷な瞳が、今は俺だけを写して揺れていた。
 もう終わりにしようとしていたのに、途端に離すのが惜しくなる。どうにも触れたくなって親指でその唇をなぞると、顔は青ざめているのにそこだけ温かく湿っていてゾクリとした。Aがビクッと反応して身じろぎする。もっと反応を見たくて、Aの頬や耳、首筋まで指を伸ばして執拗に触り続ける。

「っ……ヤ、ン、」
「綺麗な肌だな、知らなかった」
「ん。ヤン……そんな…にっ、触らない、で、」
「……さて、どうするかな」

 Aの声が甘く響く。瞳が潤んできて、吐息が湿り気を帯び、頬がうっすら上気していく。その原因が俺だと思うともう堪らない。
 体が熱くなってきて、このまま滅茶苦茶にしたい衝動が走る。この柔らかい唇を荒らして、身も心も暴いて貪り尽くしたい。本当は、初めて会った時からずっとAが欲しかったのだ。今なら、あと少しの残酷さを持てれば、欲しかったものが手に入る。

「A……」

 迫り上がる欲のままにAの肩を押さえつけて白い首筋に食い付きかけると、待て!、と理性のブレーキがかかった。これじゃあ目的がすり替わっている。本来の目的はAをギャフンと言わせることで、それはもう達成している。本当にAを手に入れたいなら、どさくさに紛れたこんな方法じゃ駄目なことは分かり切っている。

 俺はすんでのところでなんとか食い付くのを堪えて、そのままAをぎゅっと抱き締めた。Aが驚いて固まっているが構わない。その肩に顔を埋めて、目を瞑って深く息を吐きながら、体中に吹き溜まった欲望をどうにか追い出す。そして熱気の抜けきらない頭で、この場を丸く収める言葉を探す。でも、考えたところでそんな上手い文句があるはずもない。事の顛末の落とし所は、真実を伝える事以外無さそうだ。
 俺はAを抱き締めたまま、観念しておずおずと口を開いた。

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るう(プロフ) - 緋月さん» 緋月様、こんにちは。コメントをありがとうございます!とても励みになります!ヤンが大好きで、これからも書いていきますのでこれからもお付き合い頂けたら幸いです。エクスペ4の話題も出て来たので、ますます頑張っていきたいです。 (2022年10月13日 22時) (レス) @page42 id: 18f6845a23 (このIDを非表示/違反報告)
緋月(プロフ) - 初コメ失礼します。文章の書き方といい、話の書き方がとても好きです!ヤンさん大好きです (2022年10月13日 13時) (レス) id: 2ff1628a0d (このIDを非表示/違反報告)
るう(プロフ) - nonさん» non様、早速感想を頂き有難うございます!嬉しいです!エゴイストはヤンの過去を作成したり内容が真面目だったりと楽しめるか不安でしたが、お好みで良かったです。ホットドッグの話はヤンをキザでお茶目に描く事に注力しました!また是非ご訪問下さいませ! (2021年11月16日 1時) (レス) id: c14aa388ad (このIDを非表示/違反報告)
non(プロフ) - るうさん、こんにちは。エゴイストを読ませて頂きました。ヒロインがヤンと共に戦場に立ち、葛藤しながら生きているという設定がすごく好きでした。ホットドッグランチを読んだら、私も食べたくなってしまいました。 (2021年11月15日 18時) (レス) id: 4771644271 (このIDを非表示/違反報告)
るう(プロフ) - nonさん» non様 初めまして、作者のるうと申します。感想をありがとうございます!とても励みになります。と同時に、同志が居たことに歓喜しています!これからもヤン作品を増やしていく予定ですので、またご来訪下さいませ! (2021年11月10日 9時) (レス) id: c14aa388ad (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:るう | 作成日時:2021年11月6日 21時

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