期待 ページ13
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「あの、……ど、どうします?」
「はあ、」
「いや、いつまでもここにいたって何もないし……散歩、とかどうです」
わたしは振袖で彼は軍服だということに言ってから気がついたけれど、口に出してしまった言葉は元には戻せない。
最初から少しも変わらない表情を顔に貼りつけた彼は、いいですね、とだけ機械的に答えた。
---これは、ちょっとだめかもしれん。
相手は東京から来た軍人だ。
何を話していいかもわからないのに、いきなりふたりにされたものだからこんなことになってしまったのだ。
せめておっとうが一緒なら、少しは話も弾んだかもしれないのに。
「といっても、この村、何もないんですけどね、はは……」
「……いえ、いいところだと、思います」
「えっ」
どう考えたってこんな田舎より都会の方がいいだろう。
具体的にどこをどうしてそう思ったのか訊きたかったけれど、そんなことを訊くにはわたしたちはまだ知り合って間もない。
とりあえず愛想笑いを返して、振袖の袂を絞った。
「おっとう、ちょっと散歩さ行っでくる」
「お、いいんでねえか。どこさ行ぐ気だ」
「んん、このへんなんもないから……丘の方さ行ってくる」
「ん。おい着物汚さねえでやれよ。おっかあが大変だで」
父親及び親戚のなまあたたかい視線を背中に浴びながら、作間さんと連れ立って外へ出る。
この村は本当にただの農村だから、田んぼと畑と、あとは郵便局くらいしかない。
都会出身の作間さんが気に入るようなものがはたしてあるかどうか。
「あのう、……本当に、何もないんですよ、この村」
「いえ……」
「行きたいところとか、ありますか」
「あ、……自分は、いえ、俺は、Aさんの、好きな場所に連れて行ってほしいです」
急激に顔が熱くなるのがわかった。
顔色ひとつ変えないまま作間さんがわたしを見ている。
彼は、じつをいうと相当な美丈夫なのだ。
それこそこんな村にはめったにいないような。
軍人には見えないすらりとした体躯に、平均よりも高い長身。
さらさらの黒髪と、大きな猫目。
---そんな人に見つめられて、照れない女がいるものか。
「あ、は、はい。あの、ほんとにたいしたとこじゃないですけど」
「いえ、……」
でもこの無口だけは、どうにかならないものか。
結局、わたしたちは、目的地に着くまで一度も話さなかった。
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めがね - すごく素敵な文章に心が満たされます。あなたの言葉の表現をこうやって物語にして形にしてくださって、ありがとうございます。 (11月11日 4時) (レス) @page12 id: 5aa7ecfc5a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ヨリ | 作成日時:2023年3月6日 22時