呪いの王を宿した少女ｰ２ｰ〈呪術廻戦／成り代わり〉 (ページ38)

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バーカウンターにてページ38

「虎杖Aって知ってる？」

会話の延長戦に彼女の名前が転がっていた。

五条はカクテル、フロリダを口の中で転がしながら聞く。カクテルと言ってもノンアルだが。

どこかで聞いたことのある名前だな、と彼の隣に座っていた七海建人は考えた。
北海道への出張終わり。なにがなんだか気づけばバーに連れてこられていた。

ほんの少しアルコールの入った頭で記憶を手繰り寄せる。

もちろん両面宿儺の器であることは知っていた。
呪術界で知らない人間はいないだろう。
だが七海が引っかかったのはそれではなかった。

「……その子は、桜色の髪をしていますか？」

思い出した。

いくらか前にパン屋まで案内した少女だ。
虎杖と名乗っていた。

「正解。なんで知ってんの？」
「以前、一度だけ会ったことがあるので」
「へー、意外。で、どうだった？」
「抽象的な質問は嫌いなのですが」
「だからぁ、話してみてどう感じた？」

グラスの縁を撫で、七海はしばらく黙り込む。

綺麗な髪だと思った。
よく動く飴色の瞳だと思った。
春の日差しのように暖かく、明るいと思った。

浮かんできた感想のどれもが、呪いの王、両面宿儺の器とは思えない。

「……呪術師にしてしまうには躊躇うほど、真っ直ぐな子だと思いました」
「守ってあげたくなるよね。庇護欲っていうの？」
「…………」
「なにその目」
「いえ。いくら倫理観の欠如している五条さんでもさすがに未成年には手を出さないと思っていたので……」
「失礼な！まだ出してないよ」

まだ、とはなんだ。まだ、とは。

そう問いただしたいのをぐっとこらえ、七海はギムレットをあおる。
だが五条の言うことも少しはわかる気がした。

「それで、彼女がどうしたんですか？」

するりと話題を変えると、珍しく真剣な顔をした五条と目が合った。
目隠しのしていない双眼は真っ直ぐに七海を射抜く。

「お前みたいな、人の痛みがわかる大人にAを預けたい。頼まれてくれるね？」
「……そんな甘ったるいことを言うためにわざわざここまで？」

笑いながら五条は頷いた。

「僕が甘党なの知ってるだろ？」
「私は苦手ですけどね」

示し合わせることなく、二人は同時に手元のカクテルを飲み干した。