呪いの王を宿した少女ｰ２ｰ〈呪術廻戦／成り代わり〉 (ページ19)

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笑おうページ19

振りかぶった右拳に、熱が宿った。

叫びながら駆け出して。
勢いのまま、それを振り下ろした。

地面にヒビが入る。
衝撃波がAの髪をなびかせた。
口から血を吐き出しながら、それでも拳に力を込める。

呪霊への憎しみを、死への恐怖を、あのときの後悔を、すべてがのせられた拳は建物を揺らした。
だが、呪霊はビクともしなかった。

(諦めるな！！)

まだ、戦え

拳を、握れ

「あぁぁぁあああぁぁあ！！！」

この身が朽ちるまで。

アオーーォォン

遠吠えが響いた。

この、鳴き声は、恵の合図。

Aはふっと目を閉じた。
後ろを振り返れば、暗闇がAを見つめ返している。

その暗闇の中から、宿儺の笑い声が聞こえた。

あそこに踏み込めば、この体の主導権は宿儺に渡る。そしてこの呪霊を吹き飛ばせる。

Aはその闇へ、足を踏み出した。

.

また、雪だ。

吹雪の中、Aは立ちすくむ。
前回と同じでどこか違う。

なにも音が聞こえないし、なぜか心臓部分が痛い。

意識だけがただそこに浮いているようで、自分の体が頼りない。

なにかを間違えた。
どこかでなにかを間違えた。

Aの脳裏にそうよぎる。

もしかすると、もう戻れないかもしれない。元の体に戻れないかもしれない。
嫌な予感だけが漠然とAを支配した。

「…………俺は」

――この声は、だれだろう。

Aの耳に届いた声。
聞き覚えがあって、優しくて、頼りになる声。

足は見えない。だが一歩踏み出すことはできた。
あのときと同じように下へ落ちるのだ。

そうすればきっと、元に戻れる。

「お前を助けた理由に論理的な思考を持ち合わせていない」

声のする方へ行こう。

「危険だとしてもお前のような善人が死ぬのを見たくなかった。それなりに迷いはしたが、結局は我儘な感情論」

大丈夫。
怖がることはない。

「でも、それでいいんだ」

そうだね、きっと、それでいい。

「俺は正義の味方(ヒーロー)じゃない。呪術師なんだ」

足元が崩れた。
重力にならい、下へ下へ落ちていく。

「だからお前を助けたことを一度だって後悔したことはない」

Aは目を開けた。

雨が体にあたって跳ね返る。
ボロボロになった恵はどこか晴れやかな笑顔だった。

「そっか」

だからあたしも、笑おう。
いつも仏頂面の君の笑顔を見ることができたんだから。