ふたたびの一杯 dt ページ31
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本当に偶然だった。
いくつもの「予定外」が重なったのだ。
でも、だからってこんなのない。
目の前で、元彼が他人のフリして微笑んでいるなんて。
午後1時。
仕事でトラブルがあって、急遽取引先に謝罪に出向く事になった。
午後6時。
トラブルはどうにか収まったけど、お陰で定時上がりは夢と消え、友達と飲みに行く予定も泣く泣くキャンセルさせてもらうことに。
午後9時。
ようやく仕事を終え、疲れた体を引きずるようにして電車に乗ったはいいものの、人身事故だかで電車が止まって途中下車。
再開見込みは不明。このまま待っていても埒があかない。
それに、今日一日の疲れと空腹がそろそろ限界だ。
だから、今のうちに食事を済ませようと、初めて降りた駅で路地を巡る。
ほどなくしてたどり着いたのは、こじんまりとしたダイニングバーだった。
見たところ女一人でも気兼ねなく入れそうだし、あんまり歩くのも嫌だしで、大して迷うこともなく店に入る。
『いらっしゃいませ。お一人様ですか?』
「はい」
『あちらカウンターの奥の席へどうぞ』
「どうも」
とりあえずビールとつまみをいくつか頼んで、なんとなく店内を見回す。
思ったとおり、雰囲気の良い店だ。
あちこちに飾られた絵や花、装飾品ひとつひとつが豪華で美しく、でもいやらしくなくて、思わず見入ってしまう。
そんな時だった。
dt「これ5番にお願い」
そんなに大きな声じゃなかった。
少しガヤガヤとした店内で聞こえたのが不思議なくらい。
それなのに、その声は何故かはっきりと私の耳に届いてしまった。
そして、その声につられるように顔を上げて…見つけてしまったのだ。
オープンキッチンの端っこでテキパキと指示を出す彼のことを。
「涼太…」
図らずも漏れた彼の名前に、彼の方もこちらを向いた。
慌てて目を逸らそうとしたけど間に合わなくて、一瞬困ったような顔をした彼と目が合う。
でも彼は、すぐにいかにも営業スマイルですっていうような口角を上げた笑顔になって、何事もなかったかのように仕事に戻っていった。
(そう、だよね…)
だって彼にとって私は、きっといい思い出じゃないんだから。
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作者名:わかめ | 作成日時:2021年3月11日 20時