１８６：賭け 〜J〜 ページ26
「…マスター…帰る。お会計。」
俺の方を見ようともせずにそう言ったAが立ち上がる。
かなり呑んでるのか、足元が覚束なくて転びそうになるのを抱きとめた。
「…離して。」
「…離さない。」
「離してよ！もう潤くんとは関係ないでしょ？話す事もない！」
叫ぶ様にそう言うと身を捩る。
「…A。別れるなら…ちゃんと俺の目を見て言え。電話で言い逃げはずりぃんじゃねぇのか？」
「…離して。もう！離してよ！私に構わないで！」
そう泣き叫ぶと、足の力がズルズルと抜けていって、床にペタンと座り込む。
そんなAの腕だけはちゃんと離さずしっかり握る。
もう…絶対、離したくはない。
「…お願い…ほっといてよ…。」
「…無理。」
「…どうして？…どうして…よ？」
「んなのお前が…お前の事があり得ねぇくらい好きだからに決まってんだろ。」
「…っ…っく。」
このこじんまりとした店内には、やっぱり微かにクラッシックがかかってて…。
それに共鳴する様にAの泣き声と鼻を啜る音だけが響いてる。
コツコツと足音がして…しゃがみ込む俺とAの真横で止まる。
俺の隣にしゃがみ込むと、
「ねぇ…Aちゃん？どうして？何でそんなに意地張るの？こう見えてもうちの末っ子の懐深いよ？ちゃんと全部受け止めてくれる。」
Aの頭を撫でながら、優しく諭す様に言う。
てか『こう見えても』って…。
「それに、本当にほっといて欲しかったら、ここの店に来ないでしょ？見つかるかもしれないんだから。」
「…ぅ…っく。」
「ねぇ…戻ってやってよ。反省もしてるし、この一ヶ月…自由に身動き取れない中でも、血眼になって探してだんだからさ？」
それでもやっぱり首を横に振るA。
「はは。本当に頑固だね？さて、どうしましょうか？」
「…A。さっきも言ったけど…別れたきゃ、俺の目を見て言え。言ったら…同意するから。」
ある意味賭けだった。
Aの気持ちは、胸元にあるネックレスにも左手に残るブレスを見たら…そこにある様な気がして。
自惚れかもしれない…。
都合よく考え過ぎかもしれない…。
けど…やっぱり…俺にはAが俺に助けを求めてる様にしか思えない。
俺にしかできない。
俺にしかAの今の苦しみから救えない。
「A。本気でそうしたきゃちゃんと言え。それが潤の為だしお前の為だ。」
マスターが厳しい口調で言ったら、とりあえずの涙を拭いゆっくり顔を上げた。
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作者名：しおなな
| 作成日時：2013年10月21日 11時
