１８２：逃亡者 ページ22
ガラガラとキャリーバックを引きながら歩き、ドアの前で立ち止まり、深呼吸をしてドアを開けた。
私の姿を見ると目を見開いたマスターだったけど、『しょうがねぇなぁ』って顔でため息をついた。
「ただいま。」
「これはこれは逃亡者様、お帰りなさい。」
「相変わらず嫌味ったらしい…。」
私の呟きには答えずお酒を作り始めた。
作ってる間もずっと無言で…。
「…何も…聞かないんだね。」
ここに明日美が来たであろう事は容易に予想できて。
きっと詳しい事情も知っている。
「…聞いて欲しいのか？」
それだけ言ってマスターが差し出したのは、紫のカクテル。
「…ホントに嫌味ったらしい…。」
「明日美だけじゃない。潤も何回か来たぞ。」
「…そう。」
「『絶対諦めない』だそうだ。」
「…そう。」
紫のカクテルを一気に呑み干した。
それからマスターはまた無言でお酒を作り…出てくるのはやっぱり紫。
「…ねぇマスター？」
「うん？」
「マスターはさ？私の気持ちわかってくれるよね？」
「どういう気持ちだ？」
マスターの優しい…けして責める様に言わない口調に目頭が熱くなる。
「もうね…大事な人を失うのはイヤなの。」
「あぁ。けど…お前は失っただろ？」
「相手から去られるのと、自分からじゃ全然違うわ。」
「だから？去られる前に自分から？」
頷く私にため息のマスターを見ないフリをして、また一気に流し込む。
「なんで潤を信じてやらない？」
「もうね…そういう問題じゃないの。」
「じゃぁ、どういう問題だ？」
「やっぱ…マスターもわかってはくれないのね？」
「ただ逃げてるだけのお前の気持ちなんて、わかりたくもない。」
「はは…きっついなぁ。」
マスターはまた無言で紫のカクテルを出す。
綺麗に澄んだ紫の液体は、潤くんを思い出させる。
潤くんは真っ直ぐ綺麗な心で私を思ってくれる。
けど…私は真っ直ぐ思えないの。
どっかに大河を失った時の怖さがずっとあって。
少しでも潤くんを疑った私は、そんな私はきっと…潤くんには相応しくはないんだ。
「マスター？もう私には恋愛は無理なんだ…きっと。」
「それは…お前次第じゃないのか？」
「…大河…迎えに来てくれないかな…？」
「そんなお前は絶対迎えになんて来てくんねぇよ。それどころか既に愛想も尽きてるだろうな。」
「…ふふ…やっぱりきっついなぁ。」
紫の液体を照明にかざして眺めていると、ドアの開く音がした。
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作者名：しおなな
| 作成日時：2013年10月21日 11時
