１０：奇跡 〜J〜 ページ11
忘れる…。
忘れよう…。
忘れるべきだ。
そう言い聞かせた。
この感情は間違いだと、何回も言い聞かせた。
けど、そんな事しても俺の中のAさんを消す事はできなかった。
もう会うはずもない彼女の事を思い出しては、胸を痛める日々。
その痛さも治まるどころか、どんどん痛さを増した。
俺がどんな道でも進むって決めたんだったら、ニノは協力してくれるだろう。
でも…俺には、最初っから叶わない恋に進む勇気なんて持ってない。
もう、辛い思いはしたくない…。
きっと、Aさんを追っかけて辛い思いをするよりも、このままでいた方が絶対傷つかない。
そうだ…もう会う事なんてないんだから。
こんな人だらけの東京で、偶然会うなんて奇跡も奇跡。
俺のAさんへの思いを断ち切るかの様に、仕事に没頭した。
・・・そんな日常の中、奇跡が起きた。
その日は珍しく早く終わった。
というか、色々な都合で流れた。
ひとりでゆっくり酒が呑みたくて、Aさんと出会ったあの店に向かった。
あそこならゆっくり呑める。
実は、あれから何回か行っていて…。
けど、俺は…多分、こういう偶然を心のどこかで期待してたんだって今更に思う。
薄暗い店内のカウンターの俺がいつも座る席には…
忘れようとした…
けど、本心は会いたくて会いたくて…
「…A…さん…？」
毎日毎日、毎晩毎晩…忘れたくても忘れられなかったAさん。
俺の掠れた小さな呼びかけに、綺麗なマリンブルーのカクテルのグラスを持ったまま、ゆっくり俺の方を向く。
俺を確認すると、少し目を見開いて…
でも、微笑んでくれた。
その微笑みに見惚れて固まって動けない俺に初老のマスターが、
「潤？何する？」
って見るに見兼ねてか声をかけてくれる。
ここのマスターとは、何回か通ってるうちに打ち解けて、お客さんってよりも俺とまるで親子の様に接する。
「あ、あぁ！いつもの。」
「あいよ。」
マスターがカウンター越しに酒を作り始める。
俺はゆっくりとカウンターに近づくと、Aさんの隣の隣に座った。
「偶然ですね？」
ってAさんの柔らかい優しい声。
「ですね。よくここに？」
「たまに…ですかね。ありません？ひとりで呑みたくなる時って。」
「はぁ、まぁ。」
Aさんの方は向けずに、中途半端な相槌を打つだけの俺。
…だって…だって…
どこかで期待してても、まさか本当に会えるなんて思ってなかったんだ。
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作者名：しおなな
| 作成日時：2013年7月22日 13時
