２３８：ハンカチ 〜S〜 ページ33
あっとぉ…
何から言うんだっけ？
緊張し過ぎてわけわかんなくなってんぞ。
背中には冷汗とも脂汗ともわからない汗が伝ってる。
あ、やべぇ…額にもだ。
緊張して視線も定まらなくて俯く。
そんな俺に、
「翔くん？」
ってハンカチを差し出してくれるA。
そのハンカチを受取り顔の汗を拭いてると、ふんわり香る柔軟剤の匂い。
俺が自分で洗濯してた時には、そんなのは使ってなくて、Aがうちで洗濯する様になってから。
いつの間にか、この匂いが俺の洗濯物の匂いになって。
その匂いはAの洗濯物も、もちろん同じでそれが当たり前で。
俯いて目を閉じたまま、その匂いを深呼吸する様にいっぱいに吸う。
『よし！』
気合を入れてパチっと目を開き、身体を起こして正面に座っているお父さんを見据えた。
「まず…明けましておめでとうございます。」
それだけ言って軽く会釈をする。
「おめでとう。」
お父さんの声は低くて身体に響く。
「今日は、お約束を果たしに参りました。」
「あぁ。」
まぁ、お父さん…ご家族からしてみれば同棲の許可をもらった時の約束があるし、『挨拶に行きたい』と言えば何の事だかは察しが付く。
「ここにいらっしゃるみなさんに必ずAさんを幸せにする事をお約束しますので、今月の２５日に入籍させて下さい。」
そう言って頭を下げた。
お父さんからもお母さんからも雅紀くんからも何も返事はなくて…
え？！俺って言う事間違った？
って焦って不安になって頭を上げられない。
「あ…っとぉ…Aさんを僕のお嫁さんとしてください！」
そうだ！
これを言わなきゃダメだったんだ！
あぁもぉ！
順番間違った！
「クク…ははは！翔ちゃん！ウケる！テンパり過ぎでしょ？」
なぜか大笑いしている雅紀くん。
そんな雅紀くんが気になってパッと顔を上げると、お父さんとお母さんも笑顔で。
え？え？！ええ！！！
どういう事？
いいって事？
思わずAの方を向くと、Aだけは泣いていて。
持ってたハンカチをAに返す。
「櫻井さん？」
お父さんの声はやっぱり低くて。
「はい。」
「社会人としても人間としてもAはまだまだ未熟者です。嫁としてやってけるのかどうか親としては心配な部分もありますが、大切に育ててきた娘です。どうぞよろしくお願いします。」
って言ったお父さんに頭を下げられた。
お父さんの声は震えていて…
目も潤んでいた。
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作者名：しおなな
| 作成日時：2013年7月29日 22時
