capriccioso ページ18
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「…最悪、」
ある放課後、中間先生のレッスンが終わって外に出ると、
土砂降りの雨。
今朝、ちゃんと持ってきたはずの私の傘は、
傘立てから消えていた。
溜息をついて、空っぽの傘立てを呆然と見つめる。
身一つだったら諦めて駅まで走るんだけど。
手に持っているトランペット。
絶対に、濡らしたりしたくない。
母の仕事が終わるまであと二時間くらいあるから、
教室で勉強して待って、迎えに来てもらうしかないか。
本当は忙しい母にあまり頼りたくないし、
小言を言われるかもしれないけれど、仕方ない。
踵を返して教室へ向かおうとすると、
向こうから階段を降りてくる、大きい背丈の人。
今日はとことん、ついていないらしい。
「何しとるん?」
スルーしてすれ違おうと思ったのに、
欠伸をしながら話しかけられてしまった。
「別に何も。教室戻ろうとしてただけ」
「今から?」
「うん」
普段はそんなに喋らないくせに、
やけに話しかけてくる藤井流星。
「もしかして、傘ないん?」
「…うん。けど大丈夫。お母さんのこと待って迎えに来てもらう」
「一緒に帰る?」
「…人の話聞いてた?」
「聞いてたから言ったんやけど」
「何で私があんたと帰るんよ」
「俺、傘ある。A、傘ない。
…やから一緒に帰る」
小さな子供みたいに、途切れ途切れの言葉でそう言った彼の手には、無駄に大きな紺色の傘。
畳み方がぐしゃぐしゃなせいで、やけに太い。
「ええって。親来てくれるから」
「もう暗くなんで」
「…しつこい」
「嫌?」
「…嫌、」
「なら行こ」
「…やから、人の話聞いてるん?」
腕を掴んでぐいぐいと下駄箱に進む彼の後ろに、
仕方なくついていく。
もう、抵抗するのも面倒くさい。
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作者名:みなみ | 作成日時:2019年5月3日 11時