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男の名前は太宰治。私と彼の関係は、正しく赤の他人だ。恋人でもなければ友人でもない、仕事上の関係すらない。強いていうなら嫌いな男。憎んでいる男、呪いたい男。
それでも私は、土砂降りの雨の日には大抵太宰に抱かれにくる。わざわざ伝えてもいないけれど、やたらと頭の良い彼のことだからきっととっくに気が付いているだろう。
雨の日には、古傷が傷むのだ。背中の全面と、左肩から鎖骨にかけて、そして右の横腹。覆うように火傷の痕が広がっている。惨たらしいなんて同情されたところで一生癒えはしないようなものだった。これは、彼に。
太宰治に、負わされたもの。
当然恋情も愛情も合ったものではない。何故抱かれにくるのかと聞かれれば、彼風に言う嫌がらせと一言返すだけ。
自分が傷ものにして、嘲った女に、夜を奪われる気分はどう。嫌そうに顔を歪める女を前にして抱く以外に選択肢のない己の愚かさはどう。そう問いたくても、太宰はどんなときも余裕そうに笑っているのだから、もしかしなくても嫌がらせはあまり意味を成してはいない。
それを理解していても止めない理由までは、おそらくこの男も知らない。教えてやるつもりもない。
これが退廃的でも、恋か何かであればよかった。けれどこの手のなかにあるのは確かに、恨みつらみと、地獄のような執着だけ。殺意にも似た強欲さだけ。
いつかの私はもっと綺麗な自分であったような気がするけど。とうに忘れ去られてしまった過去だった。
今の私はいつだって、太宰が私という存在を忘れられないまま死んでいけばいいと、願いをかけ続けているのだから。
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雨雲り(プロフ) - とても好きです。占ツクでここまで引き込まれる作品に出会えたのは本当に久しぶりに感じます。作者さんの事情もあると思いますが、更新楽しみに待ってます。 (2021年8月31日 4時) (レス) id: e92c8698d4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:仮名子 | 作成日時:2021年8月14日 19時