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だけど、俺だって元からこんな考え方だったわけじゃない。


恐らく今の俺を作り出すきっかけになったのは、同じ職場のふたつ上の先輩が車道に飛び込んだ、と聞いた時だったと思う。



平日の、先輩がいつも出勤する時間帯で。
だけど通勤経路とは少し外れた道だったという。


とてもよくできる先輩で周りからも期待され、出世コース間違いないと言われた人で。

加えて明るくて性格もよくできた人だったけれど、
この激務に追われ、精神を病んでしまったらしかった。

幸い怪我だけで終わり命に別状はなかったようだったが、
仕事に復帰できる精神状態でもなく退職していった。


そのことがあり、今季の人事異動で俺は、
その先輩がいくはずだった東京本社 マーケティング戦略部、

いわゆる出世コースとやらに乗ることが決まったのだ。


世に言う栄転、というやつだ。



俺が福岡に転勤になってから飲みに連れて行ってもらったり悩み相談に乗ってもらったりとお世話になっていたから、
時々垣間見える疲れた表情の先輩にコーヒーを差し入れたり、
手が空いた時には少し仕事をもらったり。


周りが素通りしていく中、せめて俺はと出来る最大限のフォローはしていたつもりだった。


「阿部は優しいね」


ふっと見せた先輩のほほ笑んだ顔に、安心したのを覚えている。
ああ、先輩の力になれてる、なんて。今思えばただの自己満足に過ぎなかったのに。



後に先輩のデスクの中から見つかった、いつも持ち歩いていた手帳。


“結局、だれも本当には助けてはくれない。”
“偽善者ばかり。”
“もう、疲れた。”


そう、書かれていたのを目にした時、自分の愚かさに吐き気がした。


ああ、もうこんな事はごめんだ。先輩の異変に気が付いていなかったらどんなに楽だっただろう。

中途半端に手を差し伸べたって、どうせ俺には人を救う力なんてない。


だったら初めから、
気が付かなければいい。
気が付かないふりをすればいい。


そんな風に心に思う自分に、
俺ってズルい奴だな、とまた思う。

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作者名:透季 | 作成日時:2021年5月23日 17時

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