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忍足君の交渉を承諾してから、一夜が明けた。
アラームの騒々しい音が、夢からの目覚めを知らせる。ぐずるように薄目を開ければ、昨日までと寸分違わぬ自室の光景が広がった。
だけれど、今までの日常とは全く違うたった一つのことを思い、「私、忍足君の恋人になったんや」と心中で呟くと、胸の真ん中がくすぐったくなって、気持ちは夏風にそよぐレースのカーテンのようにふわりふわりと揺れた。
朝一番の教室は相変わらず、しんとしているけれど、危うい曇り空と湿度の高い空気では、心地よさが半減する。
窓は開けず、電灯をつけてからエアコンのスイッチを入れた。集中管理設定が緩いのは、この学園だからかもしれない。
ふと、自席の上に見慣れた形が置かれているのを見つける。近づいてみると、それはバナナミルクの紙パックと梅味の喉飴の袋だった。
『受け取ってくれ 宍戸』
無骨さが残る男子らしい字で書きつけられた付箋が、飴の袋に貼ってある。
「要らんって言うたのに」
そう言って短く息を吐いたけれど、気持ちは裏腹で、宍戸君とのこんな関わりを宝物のように嬉しく思ってしまう。
鞄の中には、さっき自分で買った同じ紙パックが入っている。私はそれを鞄から出し、二つを机に並べた。
椅子に腰を下ろして一瞬間考えた後、片想いの味の紙パックを選んでストローを吸った。
「おはよう、Aさん」
突然の石井君の声で、ハッと我に返る。どうやら知らぬ間に、ぼうっとしていたらしい。
「おはよう、石井君」
「悩み事?」
「うーん、そんなとこ」
石井君は慰めるように微笑むだけで、その先は何も聞かない。
そういえば以前の忍足君との会話のことも、彼はあれから全く触れてこない。
彼なりの気遣いなのか、単に他人に深入りしない性質なのか、どちらか分からない。ただいずれにしても、何となくそれは石井君らしい優しさのような気がした。
気楽な時間の終わりをチャイムが告げる。それは同時に私にとって、忍足君との未知の世界の始まりの音だった。
少しして忍足君が教室に入ってきた。
「おはよう、Aちゃん。これから恋人として、よろしゅうな」
「え」と石井君の短い声が聞こえた。そして、周囲からの刺すような驚愕の視線。
「……おはよう、忍足君」
「それだけなん? 俺の姫さんは、クールやなぁ」
もう後戻りなんて出来ない。
けれどこの時、忍足君がどんな気持ちだったのか、私はまだ知る由もなかった。
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megumi(プロフ) - トモキさん» コメント、ありがとうございます!感情移入して頂けて嬉しいです。最近多忙を極めるため、なかなか更新出来てませんが、必ず最後まで書き続けます。 (8月28日 19時) (レス) id: e6a6c10801 (このIDを非表示/違反報告)
トモキ - 「結局のところ、これがしたいというよりも、隣に好きな人が居るということが一番大切なことだと気付く。」という言葉からすごく夢主さんの気持ちが伝わりとても感情移入してしまいました。続き楽しみに待ってます。 (8月20日 22時) (レス) @page16 id: be68aea6b3 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - 桃花さん» 応援メッセージ、ありがとうございます!とても励みになります(◡ ω ◡)頑張って執筆します♪ (2023年4月20日 21時) (レス) id: c1e2bcbffd (このIDを非表示/違反報告)
桃花(プロフ) - 更新待ってます!(*^▽^*) (2023年4月20日 16時) (レス) @page1 id: 45cbc35a1c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2021年10月1日 17時