繋ぎとめる鎖 ページ38
-朝倉side-
「帰りたくない」と僕に初めて抱きついた彼女に、たまらずキスをした。
それがこの関係の始まりだった。
それを機に、僕は部屋を一つ借りた。会社とも家とも関係の無い駅の近く。
恵美が実家に帰る毎週木曜日に、彼女をそこへ誘い込んだ。会社近くの仕事用の部屋と嘘をついて。
時折、口付けを交わす。彼女の寂しさを拭うために抱き合って寝るだけで、一線は越えない。
そんな関係を続けていたある夜、言いづらそうにしながら彼女は聞いた。
「結婚、されてますか？」
結婚指輪はしていなくとも、僕の歳を考えればこの疑問は浮かんで当然だろう。
はっきりと年齢を伝えたてはいないが、干支を教えたことがあるので、そこから予想はつくはずだ。外見からも言えるだろうが。
「ごめん、してる。」
嘘はつけなかった。Aを騙すということは、つまりあの頃の自分を騙すのと同じだ。彼女に昔の僕を映しているのだから。
「あ……はい。……いえ。」
時間をかけながら曖昧な声を発したA。その哀しみに染まる表情は、初めて会ったあの日と同じだった。
「そんなことは関係ないと思うんだ。」
意外な返事に彼女は驚くが、沈んだ表情に戻る。
お願いだ、離れていかないでくれ。僕は君に夢を託しているんだ。
「あの……すみません。こんなところまで上がり込んでしまって、私が朝倉さんを独り占めしてしまって。今までありがとうございました。もうここには……」
彼女の言葉に絶望を感じる。僕は何としてでも引き留めたかった。
「待って。僕は君が……好きなんだ。」
心の穴を抱えている彼女に、この言葉は卑怯だと思う。
けれど、そこに漬け込むように僕は彼女を抱いた。
僕に堕ちてきたAに喜びを感じた。
今まで、彼女のことは沢山聞いたが、僕のことを語ることはなかった。
誰も信じられない僕は、裏切られたときのため、自分を偽り、徹底的に隠した。
どこまでも卑怯だったと思う。
「朝倉さん、もう別れましょう。」
だけどその言葉を聞いた時、理不尽だ、と思ってしまったんだ。
だから、君を繋ぎとめるため、言葉の鎖をかけた。
君への気持ちが愛とは言えないまま。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 36人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品が参加のイベント 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
megumi(プロフ) - いなすらさん» ありがとうございます！ご期待に沿えるよう、頑張って執筆します(^^) (2019年5月22日 18時) (
レス) id: 04e98a2c19 (このIDを非表示/違反報告)
いなすら(プロフ) - めぐみさん» 誤字でしたか(笑)大丈夫ですよ！続き楽しみにしております((｡´･ω･)｡´_ _))ﾍﾟｺﾘﾝ (2019年5月22日 17時) (レス) id: 4bc43cc691 (このIDを非表示/違反報告)
めぐみ(プロフ) - いなすらさん» いなすらさん、ご指摘ありがとうございます！誤字です、申し訳ありません。すぐに訂正いたしますm(__)m (2019年5月22日 17時) (レス) id: a2b7118433 (このIDを非表示/違反報告)
いなすら(プロフ) - 作品名、幸せだからいになっていますが、誤字でしょうか？意図的なものではないと思いますが、そうだったらすみませんm(*_ _)m (2019年5月22日 15時) (レス) id: 4bc43cc691 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：megumi | 作成日時：2019年5月21日 5時
