夫婦のかたち ページ29
ありがとうございます、と言って奥さんは席に座り直す。そして、綺麗な唇から冷たい事実がさらりとこぼされた。
「察してらっしゃると思いますが、私は主人から愛されていません。結婚当初からそうでした。それを分かりながら、籍を入れたんです。」
やはり他人事のように遠い目をしている。
どうしてそんな結婚をしたのかと首をかしげると、その様子が可笑しかったのか、それとも予想通りだと思ったのか、彼女は軽く微笑んで答えた。
「私が彼を愛していたからです。一応、恋愛結婚です。」
なぜ二人は片方だけの愛で結婚したのだろう。疑問は煮詰まるばかりで、納得できる仮説が一つも立たなかった。そんな俺をよそに奥さんは微笑みながら続ける。
「私達は新米大学教員同士として出会い、互いに恋をしました。だけど幸せな日々は半年も続かなかった。際立って優秀な広樹さんの存在を煙たく思った教授が、院生時代から温めていた彼の研究を自分の手柄にしたんです。それから彼は孤立して、誰のことも信じない人間になった。」
酷い話でしょう、と彼女は表情を曇らせる。
「私の彼を癒そうとする努力は徒労に終わり、二人の関係は私の一方通行の愛になった。そして一年が経ち、彼が県外の企業へ転職する事を同僚から聞き、何も言わずに私から去るつもりだと分かりました。」
「別れなかったんですか?」
「ええ、愛する人が酷く傷付いているのに、そのまま一人になんてしたくなかったんです。だから彼に結婚を申し出ました。拒まれる可能性が大きかったので、ある意味賭けでした。だけど、彼は受け入れてくれた。人を信じられないが故に私を愛せない、それでもいいという条件付きで。」
結婚記念日のお祝いを忘れないように彼の誕生日に籍を入れたの、と明るい調子に変えて最後に付け加える奥さん。口元は緩んでいても、その表情は哀しみだった。
「あの、奥さんの辛さ……分かります。」
言葉が見つからず、こんなありきたりのことしか言えないのが申し訳ない。
だが彼女は、ありがとう、と哀しみを消して嬉しそうに返してくれた。
「だから明るい広樹さんをあまり知らないの。昔遊んであげたと彼が言っていた広瀬君、明るかった彼を教えてくれませんか?」
そう言った奥さんは、幼児のような可愛らしさを纏っていた。
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megumi(プロフ) - いなすらさん» ありがとうございます!ご期待に沿えるよう、頑張って執筆します(^^) (2019年5月22日 18時) (レス) id: 04e98a2c19 (このIDを非表示/違反報告)
いなすら(プロフ) - めぐみさん» 誤字でしたか(笑)大丈夫ですよ!続き楽しみにしております((。´・ω・)。´_ _))ペコリン (2019年5月22日 17時) (レス) id: 4bc43cc691 (このIDを非表示/違反報告)
めぐみ(プロフ) - いなすらさん» いなすらさん、ご指摘ありがとうございます!誤字です、申し訳ありません。すぐに訂正いたしますm(__)m (2019年5月22日 17時) (レス) id: a2b7118433 (このIDを非表示/違反報告)
いなすら(プロフ) - 作品名、幸せだからいになっていますが、誤字でしょうか?意図的なものではないと思いますが、そうだったらすみませんm(*_ _)m (2019年5月22日 15時) (レス) id: 4bc43cc691 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2019年5月21日 5時