桃色 2輪目 ページ3
そこからは互いに会話が見つからず、手を動かす音だけが室内に響く。以前、一人で調理していた時のように、もしくはそれ以上に、部屋が広く感じた。
バタンとオーブンの扉を閉める音を最後に、響いていた効果音はなくなった。何を話すわけでもなく、ただ隣り合って座る二人の耳には、外から流れ込む運動部の声だけが聞こえていた。
数分後、あずさがこの静寂にぽつりと声を発した。
「今のあたしのこと、どう思ってる? 失望した?」
その問いに対し、考えることもなく、率直な気持ちを声に出した。
「そんなこと、何があってもあり得ないよ。だけど、仁王君にちょっと怒ってる」
「仁王君に?」
「あずさが弱ってるときに近づいてくるなんて、何か嫌。怪しいよ」
棘のある言い方になってしまい、後悔する。
けれど、目を覚まして欲しいと言うのが正しいのだろうか、あずさには仁王君を少し疑って欲しいと思った。
もしこのまま彼に引き込まれてしまったら、彼女はそれで幸せなのだろうか。傷つく可能性が大きいという気がしてならない。
また押し黙ったあずさの方を見ると、その視線に反応したのか、やっと小さな声を出した。だが、それは私の心に鈍く刺さるものだった。
「それは、丸ブンも一緒じゃないの?」
「ブン太はそんなんじゃないよ」
「でも、Aが精市のことで傷付いてるのを利用したって考え方もできるでしょ?」
「違うよ」
徐々に否定の声が大きくなってしまう。
「利用されたのではなくても、心を痛めている時に触れた優しさに気持ちが揺れたのは事実でしょ? あたしも同じだよ」
ついに私は否定できなくなった。今度は私が黙る。
「でもさ、A、恋ってそういう始まり方が多いんだと思う。恋の傷は恋でしか埋められないって言葉が世の中に溢れているのは、そういうことなんだよ」
「あずさは、もう幸村君を好きじゃないの?」
「好きだよ、だからこそ不安になるし悩む。でも、揺れてるのも確か」
そして重いため息をついた後、彼女は続けた。
「でも、誰かを好きになるのって、突然だから仕方ないんだよ。それは精市も同じ」
「え? それって……」
「だからあたし達二人は、互いに話し合って考えないといけない」
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megumi(プロフ) - かるぴんさん» コメントありがとうございます!登場人物達に寄り添ってお読み頂き、とても嬉しいです。沢山のお褒めの言葉と、作品を好いて下さり、ありがとうございます。これからも、執筆活動に勤しんでいきたいと思います! (2021年3月5日 18時) (レス) id: ba823ca860 (このIDを非表示/違反報告)
かるぴん(プロフ) - 他の作品と比べるのは野暮かもしれませんが、今まで読んだどの小説よりも心理描写が丁寧で登場人物に共感しまくりでした。きゅんきゅんしたり苦しくなったり感情の変化が忙しかったです。2つのエンドを見れたのも嬉しかったです。何回も読み直させていただきます。 (2021年3月5日 15時) (レス) id: e2b715c702 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - YUEMINさん» コメントありがとうございます!楽しんで頂けて、作者はとても嬉しいです(*^▽^*)応援に応えられるよう、頑張りたいと思います (2019年10月21日 18時) (レス) id: d64ff74b54 (このIDを非表示/違反報告)
YUEMIN(プロフ) - 完結おめでとうございます!楽しく読ませていただきました!!次回作も頑張ってください。応援してます。 (2019年10月21日 18時) (レス) id: 1af2bac581 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - ユッキーさん» いつも応援して下さり、ありがとうごさいました!沢山感じて頂き、嬉しく思います(^^)恋という感情は不思議ですよね。この作品を素敵と言って頂き、感謝です! (2019年10月14日 7時) (レス) id: b41fbb72a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2019年7月11日 22時