駅前奇想曲【青・∞】

#２７# ページ27

最初は何が起こったのか分からなかった。後ろ手に掴まれた手首だけが、じんじんと熱い。そうっと振り向けば、最後に逢ったときとは違う生気のない章大くんが其処にいた。


　痩せてる…



　｢あ、あの、シホさんから会社休んでるって聞いて…｣


安｢……｣


　｢私のせいかなって、思ったりなんかして〜？…そ、そんなわけないよね、とにかく早く元気になってください！はい、これ差し入れです！失礼します！｣


安｢……Aちゃん｣



　握られた手首は離されることはなく、帰るに帰れない。名前を呼ばれて俯いていた視線を上げれば、ことりと肩の上に章大くんの頭が乗っかった。



　｢っえ////？｣




　やばいやばいやばい近い。一人でどきまぎしてしまう。どうすることも出来ず固まっていると、荒い息遣いが聞こえた。





安｢ホンマごめ…久しぶりに逢えた思たら気ぃ抜けてしま…って………夢やないやんな？目の前真っ白でよう見えんくて…悔しいわ…｣


　｢ひぁっ……！｣



　次の瞬間には、章大くんの全体重が乗っかってきて、慌てて壁に寄りかかって必死で支えた。頑張って横を見れば、冷や汗を流してうなされている。えっちょっと、どうすればいいの？！？




　章大くんの体温は上がる一方で、このままじゃいけないことは分かった。ゆっくり、ゆっくり引きずるようにして玄関の中まで引っ張っていく。



　ふわり、ハンカチと同じ、章大くんの匂い。あのとき諦めようと泣いて泣いて、こんなにも恋しかった彼と抱き合っているのに、こんな状況。嬉しくて、悲しい。整った顔が、今は歪んでただただ苦しそうだった。



　｢んぅ〜、お布団どこですかっ(汗)？｣



　玄関で座り込んで訊いてみるけれど返事はなくて、片っ端からどんどん扉を開けていく。ごめんね、章大くん。
　洗面所、トイレ…あった！



　幸いにも寝室は入り口から一番近くて、だけど、ベッドの上まで運ぶ腕力は私にはない。章大くんを置き去りにして部屋に入ると、紙という紙が散乱していた。



　｢これ…｣



デザイン画や楽譜、どうやら歌詞を書いたっぽい紙、イラスト。そのなかで一枚だけ、コルクボードにピンで挿してある紙があって。

　カエルと戯れている私のデッサンだった。絵の中の私は笑っている。なのにどうして、今の私は泣いているんだろう？目の前がぼやけて、全てが間違っていたことを物語っていた。

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