→ ページ23
*
「ん、呼んだ?」
バサ、と文庫本が音を立てて落下した。カーテンの隙間からドヤ顔をのぞかせているのは、紛れもなく彼だった。
「なん、で」
まるで見計らっていたかのようなタイミングで、拓司が現れた。これは夢でも幻でもない現実なのに、驚きを隠せない。
ぽかんと口を開けたままの私に、彼はナイショだと人差し指を立てて見せた。
「仕事はどうしたの」
今日は平日で、仕事があるはず。私のためとはいえ仕事をサボらせるのは困る。
「ちょっと時間作った」
「忙しい、のに?」
休みがないほど忙しいくせに、私のために時間作ってくれたの?ねえ。
不安に満ちた私の瞳がそろりと彼を見上げると、彼は口角を上げて笑った。
「これ…お見舞い」
恥ずかしさを隠すように、ガサガサと音を立てて拓司が取り出したのは、バスケットに入ったプリザーブドフラワーだった。ビタミンカラーが目に眩しい。
「手術のとき、来れなくてごめん」
一息ついて、脱いだジャケットを片手に彼はパイプ椅子に腰掛けた。
そしてそれから、丁寧に膝を揃えてゆっくりと頭を下げた。テレビ収録があるから、と手術当日来れなかったのだ。そのことを余程気にしているのか、顔を上げても尚、眉を寄せていた。
「気にしてないよ」
今日来てくれたからね。安堵して力が抜けた拓司に手を伸ばすと、しっかりと手を握ってくれた。会えないと嘆いていた自分が馬鹿らしくなる。
「A、」
私の名前を呼んだ彼の唇が重なった。伸びていく影が、ゆっくりと染まっていく。夕陽に照らされたオレンジは、何よりの薬になった。
________________________
ドッタゲルフは色の名前。オレンジ色。
La fleur que vous m'aviez donné / kwmr→←ドッタゲルフのビタミン剤/izw
98人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:エリッサ | 作成日時:2021年1月7日 19時