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「ん、呼んだ?」




バサ、と文庫本が音を立てて落下した。カーテンの隙間からドヤ顔をのぞかせているのは、紛れもなく彼だった。

「なん、で」

まるで見計らっていたかのようなタイミングで、拓司が現れた。これは夢でも幻でもない現実なのに、驚きを隠せない。

ぽかんと口を開けたままの私に、彼はナイショだと人差し指を立てて見せた。

「仕事はどうしたの」

今日は平日で、仕事があるはず。私のためとはいえ仕事をサボらせるのは困る。

「ちょっと時間作った」
「忙しい、のに?」

休みがないほど忙しいくせに、私のために時間作ってくれたの?ねえ。

不安に満ちた私の瞳がそろりと彼を見上げると、彼は口角を上げて笑った。

「これ…お見舞い」

恥ずかしさを隠すように、ガサガサと音を立てて拓司が取り出したのは、バスケットに入ったプリザーブドフラワーだった。ビタミンカラーが目に眩しい。

「手術のとき、来れなくてごめん」

一息ついて、脱いだジャケットを片手に彼はパイプ椅子に腰掛けた。

そしてそれから、丁寧に膝を揃えてゆっくりと頭を下げた。テレビ収録があるから、と手術当日来れなかったのだ。そのことを余程気にしているのか、顔を上げても尚、眉を寄せていた。

「気にしてないよ」

今日来てくれたからね。安堵して力が抜けた拓司に手を伸ばすと、しっかりと手を握ってくれた。会えないと嘆いていた自分が馬鹿らしくなる。

「A、」

私の名前を呼んだ彼の唇が重なった。伸びていく影が、ゆっくりと染まっていく。夕陽に照らされたオレンジは、何よりの薬になった。

________________________
ドッタゲルフは色の名前。オレンジ色。

La fleur que vous m'aviez donné / kwmr→←ドッタゲルフのビタミン剤/izw



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作者名:エリッサ | 作成日時:2021年1月7日 19時

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